Peoneyboy

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芸術家たちの楽園

12

 次の公演に向けての準備は順調に進んでいた。ニィロウが舞を披露している様子を描いたものを使用したポスターも刷りあがり、スメールシティやシティ近郊の集落へ掲示された。それに加え、劇自体の完成度もあがりつつある。全てがうまくいっていた。だが、それも教令院の者たちがグランドバザールにあるズバイルシアターの活動拠点にやってくるまでのことだった。
 教令院の者たちがやってきた日、ズバイルシアターの者たちはいつも通り、今月の頭からずっと繰り返していたように日々の稽古を行っていた。後は本番に向けて劇の動きを確認するだけだという状況にあったのもあり、大がかりな練習は行わず劇本番に向けての微調整といった内容だ。
 教令院の学者とマハマトラが数名連れ立ってやってきたのは、お昼休憩が終わってすぐのことだった。その日、カーヴェはズバイルシアターのお昼休憩時間中に活動場所へ顔を出しており、そのこともあって、ちょうど彼がズバイルシアターの団員数名と何気ない雑談をしていたときだ。
「ここの責任者は誰かね」
 学者たちの集団の中でリーダー格であろう、年嵩の男はカーヴェたちがいる集団の方へ近づくなり挨拶もせずにそう言った。
「ええと、なにか御用でしょうか」カーヴェと話していた者のうちの一人であるクーロシはそう尋ねた。
「用があったからきたのだ」年嵩としかさの学者はさも当たり前だといった風に鼻を鳴らした。「この前ここの団体が申請した催しものの、脚本の製作者はいるか?」
「なぜそんなことを?」クーロシは怪訝な顔で目の前の学者を見ると尋ねた。「突然訪ねてきて、そんなことを聞かれても困ります。申し訳ないですが、理由も言っていただきたいです」
 クーロシの言葉を聞いた年嵩の学者はこほんと咳払いをすると話し出した。その咳払いは偉そうでズバイルシアターの者たちを下に見ているような、嫌な性質のものであった。
「はっきり申しあげると、この前提出された脚本に表現があったのだ」
「よくない?」カーヴェは言いたいことがわからないとでもいうように、学者が言ったことを復唱した。
「そうだ。あの脚本にはある種の思想を広めようとしているのではないかという意図が見受けられる。学問とは全く関係のない、見栄えを重視することがよいとするようなね」
 年嵩の学者はことの詳細を話し出した。
「だから、我々は脚本の製作者に詳細を聞きたいのだ。もちろんそれは一人だけとは限らないと思っている。演者の台詞や動きを考えたもの、演出を含めた舞台装置を考えたもの、携わった者全てに名乗り出てほしいのだ。あくまでまず聴取をしたいだけで、罰則を与えようというのではない。だから本当のことを正直に言ってほしい」
「罰則を与えないだって? どうせそちら側が気に入らないことをもし僕たちがやっていたのなら、罰則を与えるつもりなんでしょう」
 クーロシは学者が言い終えるなり、怒りに任せた様子ですぐさまそう言い放った。それを聞いた学者たちはクーロシの方をじっとにらみつけるようにして見る。彼らは明らかにクーロシの発言をよく思っていない。あまりよろしくはない状況だ。
 それにも関わらず、クーロシの勢いは止まる素振りを見せなかった。「だいたい、その脚本というのは教令院の審査に通ったもののはずです。それなのになぜ今さら問題があると言うのですか。審査に通ったと言われた際に、中身はしっかり隅々すみずみまで確認しているはずなのでは? あなたたち教令院側にも問題が――」
 クーロシが教令院への文句を羅列できたのはそこまでだった。なぜなら、シェイクズバイルが突如、教令院の者とズバイルシアターの団員でもめ事になりかけている場所へ割り込んできたからだ。
 シェイクズバイルは右腕でクーロシを静止するように抑え、彼がそれ以上教令院に対する悪口を言わないようにした。クーロシはシェイクズバイルに止められたことでそれまでの勢いを急激に弱め、黙り込む。シェイクズバイルはクーロシがなにも言おうとしなくなったのを見ると、彼を抑えていた右腕を離した。そして、そのまま上に右腕をあげる。
「私だ」シェイクズバイルは一言、口にした。誰も反応をみせない。それを見ると、続けて「脚本の製作者は私だ」ともう一度繰り返した。
「なるほど、あなたが脚本を書いたのだな。ズバイルシアターのマネージャー殿」
 真っ先に反応をみせたのは先ほどから学者たちの中で唯一発言している、年嵩の学者だった。次に、彼はシェイクズバイル以外の団員を隅から隅まで見渡しながら、「脚本を書いたのは彼だけなのかな?」と尋ねた。まるで圧力をかけるかのようだ。
 シェイクズバイルはそれを聞くと一瞬、目線だけを動かしてカーヴェの方を見て、すぐに元の方、つまり年嵩の学者を真っ直ぐ見据えるような位置に向き直った。カーヴェには彼が自身に伝えようとしていることがよくわかった。要するに『あなたは手をあげるな』ということだろう。
 しかし、カーヴェの中に存在していたある種の正義感はシェイクズバイルの言うとおりにすることを拒んだ。
「僕も脚本の製作者だ」とカーヴェは一歩前に出るとはっきりとした口調で言った。
 カーヴェもクーロシと同じように、一度許可が出たはずの脚本に問題があると言ってきた学者たちには従いたくなかった。ここでシェイクズバイルにかばってもらって、共同製作者であるカーヴェが名乗り出ないなんて、自分たちが悪いことを本当にしているみたいではないか。ズバイルシアターの者たちは皆、なにも罪は犯していないのだ。だから、堂々としていればよい。それがカーヴェの考えだった。
「あなたが?」と年嵩の学者は言った。
 なにかカーヴェに対し気になることがあるのか、年嵩の学者はカーヴェのことを上から下までじっくり観察した。しかし、しばらく観察しても、学者につっかえているの正体はわからずじまいのようで、首を傾げている。
「あなたは妙論派の栄誉卒業生であるカーヴェさんではないでしょうか」
 そう言い出したのは学者につきそっていたマハマトラのうちの一人だった。
「どこかで見たと思っていたのだ」年嵩の学者はマハマトラの言葉を聞き、これまでの疑問に合点がいったようだった。「しかしなぜ、教令院の卒業生が? しかも栄誉卒業生が。彼らのような者たちとつきあわない方が、学者として大成することなんてわかりきっているだろうに。このような場所にいたら、君が学生時代に開花させた素晴らしい才能はだんだんとくすぶってしまうのだよ」
「そこまでだ」とカーヴェは言った。冷たく、彼にしては冷酷な声音だ。彼はこれ以上、年嵩の学者がズバイルシアターの皆のことを悪くいうのを聞きたくなかった。
 カーヴェが冷たく言い放った言葉に、学者は黙った。そんな学者の様子を見つつ、カーヴェはゆっくりと息を吐き、自身の感情を落ち着かせようと心がけた。感情に支配されてはいけない、と彼は思っていた。何回か繰り返すことで、彼はだんだんと平常心をとり戻していく。なにを言われても心は乱されまいという気持ちになってくる。どんな学者の発言にも平常心を保ち続けられる自信が出ると、カーヴェは学者たちに向かって言った。
「僕がどんな肩書きを過去に教令院で得ていようが、ズバイルシアターの公演の、脚本の作成に携わった事実は変わらない。聴取するため、もう一人の製作者であるマネージャーを連れていくのならば、僕も一緒に連れていくんだ」

 カーヴェとシェイクズバイルは数名の教令院の学者とマハマトラたちによって教令院まで連行された。それぞれ前と後ろをマハマトラに挟まれ、列を作って歩く。まるで犯罪者にでもなった気分だ、とカーヴェは前を歩くマハマトラについて歩きつつ、心の内で思った。教令院側にとって、カーヴェとシェイクズバイルは犯罪を犯した容疑者なのであるから、そうやってカーヴェが感じることはおかしくないのが皮肉なものだ。
 教令院内部の許可された者だけが立ち入れる場所まで連れて来られると、二人はそれぞれ分かれて案内された。そこは教令院に何年か学生として在籍していたカーヴェですら一度も入ったことない場所で、自身がどこに連れていかれようとしているのか、皆目見当もつかなかった。
 シェイクズバイルと別れて少しだけ歩いたのち、とある部屋の前まで来るとそれまで前を歩いていたマハマトラは立ち止まった。振り返ってカーヴェの方を見ると、「入れ」と短く言い放つ。ここまで来て抵抗するのは無意味だ。だから、カーヴェはおとなしくマハマトラの指示に従い、部屋の中に入っていった。
 カーヴェが連れて来られたのは、テーブルがひとつと椅子が二脚だけ置いてある部屋だった。部屋の大きさはそれほど広くない。部屋に置いてある家具だけで圧迫感を感じるほどではないが、これ以上家具を置くのならば狭いと感じるだろうくらいの広さだ。
 カーヴェをここまで連れてきた二人のマハマトラも、カーヴェの後に続いて入室した。マハマトラのうち一人――ここまで連れて来られた際にカーヴェの真後ろを歩いていた方だ――は部屋に入るとすぐ、右側を壁沿いに進んでいき、部屋の角と扉の間のちょうど中間辺りの壁際に立った。もう一人のマハマトラは、同僚が定位置(カーヴェが状況から予測した限りでは、定位置だろうという意味だ)についたのを見ると、部屋に一つだけある扉、つまりカーヴェがこの部屋へ入ったときに使用した出入口をしっかり閉めた。その後テーブルの方まで歩いていき、二脚あるうち扉に近い方の椅子に腰をおろす。そして彼は立ったままのカーヴェの方を見あげると、「座れ」と短く一言だけを口にした。この、カーヴェの前を歩いていた方のマハマトラは不必要な会話を避ける性質なのかもしれない、とカーヴェはどこか他人事のように思った。
 カーヴェは余っている方の椅子に近づくと、ゆっくりと腰をおろした。部屋の壁や天井に防音処理がなされているのか、外部の音は一切聞こえてこない。部屋の中が静かすぎるためか、なるべく音をたてないようにしていたのにも関わらず、椅子がぎしりと耳障りな音をたてるのが妙にはっきりと聞こえてくる。椅子がきしむのがおさまるまで待った後、カーヴェは顔をあげて正面に座るマハマトラの方を見た。彼の表情はなにを考えているのか一切読みとることができないもので、それはカーヴェの同居人をどことなく彷彿ほうふつとさせた。
「シェイクズバイルさんは無事なんだろうか」椅子に腰を落ち着けたカーヴェは、ぽつりとその言葉を口にした。
「他人の心配より自分の心配をした方がいいのでは」とマハマトラが言った。
「もちろん、自分の心配をした上で他人の心配はしているさ。これまで僕は事情聴取なんてものを受けたことがないから、この後どんなことをされるのか予測ができない。それならば、他人の心配をしようと思ったまでだ。自分の心配をしたところでどうすることもできないのだから」
 マハマトラは下を向いて深いため息をついた。そして再度カーヴェの方に向き直るとあきれたように言った。
「彼もあなたと同じように聴取を受けている。大マハマトラからね」
「セノから?」
「そうだ」とマハマトラはうなずいた。
 その言葉を聞いてカーヴェはいささか安堵あんどした。大マハマトラのセノという人物がどのような性格であるかを、カーヴェはよく知っていたからだ。とある縁があり、カーヴェはセノと友人の関係にあったのだ。
 カーヴェの知る限りだと、セノはとても職務に忠実な男であった。スメールに住む犯罪者ならば、その名を聞けば震えあがるくらいには恐れられている。そうではあるがあわせて、たとえ罪の容疑がかかっている相手であろうとも、暴れない限りは手荒に扱うことがない人物でもあった。シェイクズバイルは学者のように頭の回転の速い人物であり、そんな彼が大マハマトラにより聴取を受けている状況で、理性を無くすなんてことはありえないだろう。カーヴェが安堵したのはそういう事情があったからであった。
「さて」カーヴェの正面にいるマハマトラはテーブルに肘をついて両手を組むと、話し出した。「先ほども申しあげたが、あなたには劇を上演することでよくない思想を市民に広めようとした疑いがある。違反していたという認識は?」
 カーヴェは首を横に振った。「脚本の中でどの箇所が違反にあたるのか、僕には全くわからない。だから違反していることは、あなたたちに言われるまでわからなかったんだ。今回のことは寝耳に水で、今でも状況が理解しきれていないくらいなんだ」
 正面にいるマハマトラはテーブルの上で組んでいた手をほどくと、椅子の背もたれに全体重をかけるような姿勢をとった。そして、深いため息をつく。ため息をついたのだ。まるで、そんなこともわからないのか、とでもいうかのようだ。マハマトラは背もたれに預けていた身を起こし、その勢いのまま両手をテーブルの上に載せると、カーヴェに対し向き直って話し出した。
「劇中の台詞に対しては全て問題ない。議論すべき箇所さえひとつもなく、担当の者数名で確認して、『問題なし』の結論を出して終わりだった。しかし、演出の方はどうだろう。多くの市民から通告を受け、我々は調査をし出した。そしてその結果、前半と後半の幕間でとり入れられたパフォーマンスは目に余るものがあると我々は判断したのだ。どうやら、ある種の思想が込められた絵を舞台上に設置して、それをまたこちらも、ある種の思想を反映したような演出で見せたという話だったのでね」
 カーヴェは動揺した。
 あの絵画を見せるための演出を提案したのはカーヴェだ。それに、あの演出は劇の公演日前日に急遽考えたもので、教令院からの審査を受けた時点の脚本には全く記載がない。今さらになってカーヴェとシェイクズバイルを聴取するために連行したのだから、審査時点の脚本に記述がないことを教令院は既に把握しているかもしれなかった。審査時点の脚本には記載がなかった演出方法に問題があったのだから今になって聴取をしているのだ、と教令院側が言いはったら、カーヴェに反論の余地はないであろう。
 既に審査時点の脚本に記述がないことを把握しているのだろうかと、カーヴェはテーブルを挟んで向かいに座るマハマトラのことを伺った。マハマトラは微笑んでいるというような表情でじっとカーヴェのことを見ている。向こうもこちらの出方を伺っているのだろう。しばらくの間、二人はテーブルを挟んでお互いのことを見つめあった。見つめあうといっても、もちろん甘いものではなく、相手の考えていることをどうにかして読みとれないかとしているものだ。二人の間に緊張感が漂う。
 先に折れたのはカーヴェの方だった。教令院が問題だと言っている演出方法を提案したのがカーヴェであることや、その演出方法が審査時点の脚本に記述がなかったものであることを彼らが既に把握しているかは定かではなかったが、色々と考えた結果、ここは正直に事実を話した方が得策であろうというのがカーヴェの出した結論であった。
 カーヴェは自身の性質についてある程度、理解している。もしここで嘘を言って、審査時点の脚本に記述がないことを指摘された場合、うまい言いわけを返せるとは思えなかった。むしろ、状況を今より悪くしそうで、それならば真実を言うべきだと思ったのだ。
「そちらが問題としている演出方法を提案したのは僕だ。そして今さらになって、あなたたちがズバイルシアターにこの件を指摘した理由もわかった。教令院の審査を受けた際の脚本には、当該の演出について記載がなかったからだ。ある事態の発生によって、公演の前日に本来予定していた演出ができなくなり、急遽考えたものだったんだ」
「ふむ」とマハマトラはカーヴェの言ったことに反応を見せると、後ろを振り返った。壁際に立つ、もう一人のマハマトラに対してなにか目線で合図をする。壁際に立っていたマハマトラは、カーヴェの向かいに座るマハマトラの伝えたいことがわかったのか、小さくうなずきを返す。彼はいた場所をそっと離れると、部屋にひとつだけある出入口から出ていった。
 同僚が部屋から出ていったのを見ると、向かいに座るマハマトラは顔を元の位置へ戻し、再びカーヴェの方を正面から見据えた。そして続けて話し出す。
「もうひとつ確認したいことがある」
「どうぞ」
「あなたが過去に引き受けた仕事に関することだ。ドリー・サングマハベイの邸宅である、アルカサルザライパレスの設計やデザインを行ったのはあなたで間違いないかね」
 カーヴェはマハマトラの言葉にうなずいた。イエス。この段階まできて、嘘を言う必要などない。
「アルカサルザライパレスが教令院の規定違反にあたるとして、我々がサングマハベイ氏に聴取をしたことがあった」マハマトラはカーヴェがうなずいたのを見ると、話を続けた。「その際彼女は、デザインに関しては依頼者である彼女自身の希望が多く反映されていると言っていた。だから、設計を担当したあなたにはなにも罰則を与えなかった。しかし最近になって、施工に携わっていた者から、設計担当者が自由にデザインを考え、依頼主であるサングマハベイ氏に提案していたという情報を得てね――これは事実であろうか?」
 カーヴェはその言葉を聞いて、生きた心地がしなかった。目の前に座るマハマトラの表情は、客観的に見れば『無表情』といえるものだったが、カーヴェにはどこかあざ笑っているかのような表情を浮かべているように見えて仕方がなかった。
 カーヴェは黙った。
 妙論派の栄誉卒業生の優秀な頭脳を持ってしても、なにを言えばいいのかわからなかった。マハマトラはじっとカーヴェのことを見つめている。さて、どんな反応を示すのだろうか、とでもいうかのようだ。追い詰められたカーヴェが黙っているのを見て、目の前にいるマハマトラは獲物を追い詰めた捕食者のように楽しんでいるに違いなかった。
「事実だ」
 たっぷり数分はかけたのち、カーヴェはあきらめたようにそう言った。時間をかけた末に彼がやっと口にできたのはたったその一言だけだった。
「なるほどね」
 マハマトラはそう言いながら、緊張が解けたとでもいうようにテーブルの上に置いていた両手をだらりと真横におろした。そこへ、ちょうどよいタイミングで――もちろんこれは、マハマトラにとってという意味である――部屋に唯一ある出入口の扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
 マハマトラが入室の許可を与えると、扉はゆっくり開かれた。入ってきたのは折りたたまれた紙が載ったトレーを手に持った一人の男性で、カーヴェもよく見知った人物であった。カーヴェのルームメイトのアルハイゼンだ。
 アルハイゼンはトレーを片手で抱えつつ、入ってきた扉を空いている手の方で器用に閉めると、カーヴェとマハマトラがいるテーブルの方へやってきた。ちらりとアルハイゼンの方をカーヴェは見る。アルハイゼンはカーヴェと目が合うと、ほんの一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに元の無表情に戻るとマハマトラに対して言った。
「言われた書類を持ってきました」
「ごくろう」
 マハマトラはそう言うと、アルハイゼンが持つトレーから書類をとった。折りたたまれているものを開き、書かれていた内容に目を通す。しばらくすると書類に目を通し終わったのか、マハマトラはカーヴェの方を見あげた。
「あなたの処分について決定した」マハマトラの話す口調は、まるでフォンテーヌの最高審判官が判決を被告人に告げるときのように、感情は読みとれないがはっきりとしたものだった。「あなたの処分は教令院卒業者名簿からの名前の抹消と、建築士資格のとり消しである」
 マハマトラが告げた判決を聞いて、彼の後ろに立つアルハイゼンは驚いたという感情をわずかに顔に浮かべた。アルハイゼンも処分の内容は知らなかったのだろうか。寝耳に水といったような表情だった。
「待ってくれ」
 カーヴェは勢いよく椅子から立ちあがると、少々荒っぽい声で言った。これまでの尋問では感情的にならないよう努めていたが、ここまでのことを言われてさすがに感情を抑えることはできなかった。
「今言った処分は、会議で決定したものではないのだろう。僕はつい先ほど事情聴取を受けたばかりで、処分を決定する会議を開くことのできる時間はないはずなのだから。そんな処分をのめるはずがないじゃないか」
「それについては問題ない」
 声を荒げるカーヴェとは違ってマハマトラの調子は先ほどまでと変わらず、とても落ち着いたものであった。現在の状況はあらかじめ予想していたものだとでもいうかのようだ。
「劇の演出の発案者とアルカサルザライパレスのデザインの発案者の両方ともがあなたであるのならば、そのような処分を下すようにと既に指示が出ているのだ。大賢者アザール様からね」
 マハマトラの言うことをすぐに理解することがカーヴェにはできなかった。少し間が空いて、言った内容がやっと理解できるようになる。次に彼は、なにかを口にしようとした。しかし、それはしっかりとした言葉の形をとることはなかった。カーヴェの口の中で言葉にならないになるのだけで精一杯だった。
 カーヴェは重力に身を任せるようにして、勢いよく椅子に腰をおろした。もう、正面からマハマトラのことを見据えることはできなかった。項垂れ、視線を床に落とし、なにも思考ができないとでもいうかのようにただじっと床を眺めることしか、カーヴェにはできなかった。
 マハマトラは項垂れるカーヴェをちらりと見た後、後ろに立つアルハイゼンへ声をかけた。
「アルハイゼン書記官、ペンはあるかな」
 反応はない。マハマトラはもう一度言った。
「ペンをもらえるかな、アルハイゼン書記官」
 しばらく経っても、アルハイゼンの反応はない。しびれを切らしたマハマトラは後ろを振り返った。そのときのアルハイゼンは、トレーを両手で持ちながら真っ直ぐ正面を向き、瞬きすらせずに空中を見つめていた。
「アルハイゼン書記官」今度は少々大きめの声でマハマトラは呼びかけた。アルハイゼンもさすがに自身が呼ばれていることに気がついたようで、目線をマハマトラの方に向ける。「ペンをもらえるかな」
 アルハイゼンは何事もなかったかのように、トレーの上に載せてあったペンをとりあげると、マハマトラの方へ黙って差し出した。マハマトラはなにも言わずペンを受けとると、カーヴェへの処分が記載された書類にペンをはしらせる。署名をするためだった。
 アルハイゼンは黙って、マハマトラが署名をしている様子を見ていた。その間、マハマトラの向かいに座るカーヴェは微動だにせず、ずっと床を眺め続けていた。


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