Peoneyboy

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アルレッキーノ/召使

 アルレッキーノがその部屋に入ってまず感じ取ったのは、血の匂いだった。
 彼はこの部屋でしばらくの間療養していたが、その理由は怪我ではなく任務中、毒にやられたせいではなかったか。アルレッキーノが疑問に思っていると、フィリオールの「シャプロー、もうやめて。そんなことをしても現実は変えようがないのよ」と叫ぶように言う声が聞こえてきた。
「それは俺にだってわかっている。でも、脚を動かそうとすると前のように動かないのがどうしても許せないんだ。脚を持ち上げると痺れが走って、機敏に動かすことができない。これは俺の脚だというのに、持ち主である俺の言うことをきかないんだよ。こんな脚では、今までのように仕事をこなすことができない」
 シャプローは右手に掴んでいた、底が割れた花瓶を地面へ落とした。花瓶は、既に床へ散らばっていたガラスの破片の上に着地し、パリパリと独特な音をたてる。花瓶の後を追うように、シャプローの手の傷から流れ出る血が床の上へ流れ落ちていく。
 なるほど、とアルレッキーノは状況を把握した。シャプローは毒による後遺症が残ってしまったのだろう。その後遺症は日常生活に影響が出るほどのものではないが、彼の仕事には支障が出てしまう。それで、彼はその状況を嘆き、以前のように仕事をこなすことができなくなることを恐れている。
 ここ、アルレッキーノが運営する孤児院である壁炉の家の子供たちには、それぞれ仕事が与えられていた。その仕事というのは家の一員である以上、やらなければならないルールのようなものだ。このルールを作ったのは、孤児院というのはある種の組織のようなもので、秩序を保つ必要があると考えたからだった。子供たちへ役割を与え、各々が「家」の一員であることを理解することで、アルレッキーノは組織として結束を高めようとしていたのだ。
「君たち、どうしたのだ。シャプローは任務中、毒にやられて倒れたのだと聞いたが、その傷はなんだ?」とアルレッキーノは言った。
 フィリオールとシャプローが同時にアルレッキーノの方を振り向く。フィリオールはアルレッキーノという存在に光明を見出したようで、助けを求めるように言った。
「お父様、シャプローを止めてください。毒の後遺症で脚に痺れがあって、前より機敏に動けないから今までのように仕事ができないと自暴自棄になっているのです。この部屋の惨状や彼の手にある傷は全て彼が引き起こしたことで――あたしの力では彼のことを抑えられそうにありません」
「ふむ」アルレッキーノはシャプローの方を見つめた。「私はシャプローの命が助かったことを嬉しく思っている。フィリオールも、他の子供たちも同じように思っているだろう。だが、なぜ君は絶望したような顔をしている」
「俺の仕事には俊敏さが求められるからです。素早く動くことが難しい今の状況では、敵の拠点に潜入し、相手へ気づかれないうちに仕留めるということができません」
「そのような事情ならば、君に与える仕事を変えるだけだ」
 当たり前のように言ったアルレッキーノに対し、納得がいかないのかシャプローは「でも」となにかを言おうとする。それを遮るように、アルレッキーノはまるで親が子を諭すときかのような口調で続けて言った。
「それぞれが持つ役割というのは変化するものだ。実際に、私の持つ役割も変わっている。子供の頃は母の命令に従うことが私に与えられた役割だったが、今は違うからね」
「では、お父様の今の役割というのはなんなのでしょうか」シャプローはアルレッキーノのことを見ながら尋ねた。
「そうだな――」
 アルレッキーノは現在の自身の役割を言い表すのに相応しい言葉を探す。そして、探していく中で我が子のうち、あるひとりと話したときのことを思い出す。

「申し訳ありません、お父様。つい衝動にかられ――痩せこけた病人と可哀想な子供たちがいたんです」
 ベッドの中で我が子が話すのもやっとというように、アルレッキーノに対して語る。彼女はもう長くないだろう。幼少期から戦闘による傷を負った者たちを多く見てきたアルレッキーノは、どれくらいの傷を負えば人が死ぬのかというのがわかっていた。その感覚からいうと、目の前の彼女の傷ではもって二日程度だろうと見当がつけられた。
「彼らは淡い期待を抱いていた」
 彼女は続けてそう言い、病人と子供たちへ手を伸ばすかのように自身の手を上げる。アルレッキーノはその手を取った。そして、彼女を安心させるような優しい声でゆっくりと話し出した。
「衝動は失敗への近道だと前にも言ったはずだ。だが、収穫がなかったわけではない。あとは任せたまえ」
 表には出さないようにしていたが、アルレッキーノは怒りを感じていた。彼女がここまでの傷を負う原因となったダルドゥフという男はとんだ偽善者だ。病人や孤児たちを保護すると言って寄付金を募っていたが、実際には集めた金を私欲のために使い、弱者たちには食事すら満足に与えていない。正義を盾にして、弱き者を虐げていたのだ。彼のように権力を利用する者のことをアルレッキーノは嫌っていた。しかし、アルレッキーノの怒りはそのためだけではない。なによりも彼女が許せなかったのは、自身の子供を傷つけられたことだった。
 アルレッキーノは立ち上がった。彼には我が子が味わった痛みを受けるべきだ。

「私の今の役割は君たちを守ることだろう」とアルレッキーノは続けた。「だから、失敗する可能性の高いことが予めわかっている仕事を与えたりはしない。君たちに与えている仕事というのは、君たちだったら成功できるだろうと信頼しているから任せているのだ。今回のシャプローの失敗というのは、私の責任だろう。子供たちを守るという自身の役割を果たせなかったのだからな。すまない、シャプロー。このようなことになってしまって」
 アルレッキーノはベッドサイドにあった包帯を手に取った。なにも言わずにいるシャプローの方へ近づき、彼の傷を負った方の手に触れる。
 シャプローは静かに涙をこぼしていた。アルレッキーノは彼の涙には触れず、包帯を傷口の上に巻いていく。
 包帯を巻いてしばらく経つと血は止まった。そして、血が止まると同時にシャプローの役割は『暗殺』から『監視』に変わったのだ。


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