Peoneyboy

Scroll

フレミネ

 クロックワーク人形の背面にあるカバーを開け、リーヴァは内部の構造を観察した。基盤と人形の各パーツとがきれいに繋げられ、中央には動力コアがあるだけにも関わらず、その構造にはある種の美しさが存在している。動力コアとはその名の通り動力源になるもので、ウーシアとプネウマの対消失反応によってエネルギーが生み出される機関だ。もちろん、これは観賞用に作られているわけではなく、どのくらい効率的にエネルギーを生み出すことができるかのみが考えられている。
 これまでに何度か、このクロックワーク人形と同じ型のおもちゃをリーヴァは修理したことがあった。あまりにも同一の型のおもちゃの修理依頼があるから、修理を頼まれた際にすぐ作業を終えられるよう、回路図も書き起こしてあったくらいだ。だが、今回はしばらくの間クロックワーク人形の内部構造を観察したにも関わらず、リーヴァはこの人形が動かない原因について思い当たらずにいた。
 唯一わかったのは、このクロックワーク人形は以前に誰かによって内部の構造に手が加えられているということだ。回路図と見比べると、構造が大きく異なっているからだ。加えていうと、この人形の内部構造は一般的なものと違っていた。普通は、部分ごとに決められた役割を果たせるようパーツを配置していくものだが、その部分ごとの役割というのが存在しないような配置になっているのだ。まるで、答えの用意されていないパズルのようだった。
 リーヴァは手に持っていた工具を机の上に投げ出した。お手上げだ。そもそも、工房の店員であるアルベールとアルボンに、客から修理依頼をされたおもちゃの構造がよくわからないから見てほしい、と頼まれた時点で怪しむべきだったのだとリーヴァは後悔した。しかし、今更悔やんだところで、リーヴァが二人に対し、任せておけと言った事実は変えようがなかった。
 リーヴァがどうしようかと考えていると、工房の出入り口の扉に付けられている鈴の鳴る音がした。
「納品に来ました」と声変わりしたばかりというような少年の声で、工房の奥に向かって呼びかけられる。
「ああ、フレミネ。ちょっと待ってくれ。台帳を用意するから」
 リーヴァはそう返事をすると、クロックワーク人形をそのままにして立ち上がり、背後にあった棚の中を順番に見出した。
 フレミネは、わかったと言うとリーヴァが作業していたテーブルの方へ近づいた。脇に置いてあった椅子の上に抱えていた箱をゆっくりと下ろす。
「言われていた数を持ってきたけれども――こんなに必要だったかな。だって、前の型のクロックワークペンギンは売り切るのに一年以上かかったよね」
「それに関しては心配ない」リーヴァは目当ての台帳を棚から引っ張り出しながら言った。「もし、売れ残ったなら俺が買い取るつもりでいるからね」
「リーヴァさんが? どうして」
「それだけ君の腕を信頼しているからさ。前回は俺の売り出し方が悪かったんだ。今度、クロックワーク製品の催事に出るんだが、クロックワークペンギンも持っていこうと思っていてね。このおもちゃはどちらかというと子どもより大人の方に人気がある。クロックワーク製品の催事にはおもちゃコレクターの大人が多く来る。だから、興味を持ってくれるような人が出てくるかもしれない」
「なるほど」
 そう言いながら、フレミネはクロックワークペンギンの入った箱を悲しそうな表情で見つめた。彼はこのペンギンたちが子どもたちに人気があってほしかったのだろうと、リーヴァは思った。
「クロックワークペンギンの個数を数えていいかい?」とリーヴァは場の空気を変えるように言った。
 フレミネはうなずく。「もちろん。数に間違えがあったら教えて」
 リーヴァがペンギンを数えている間、フレミネは工房内を見渡していた。ここレシュッツのクロックワーク工房はクロックワーク製品の販売も行っているため、様々なおもちゃが並んでいる。走れるクロックワークホースに、トランペットが吹けるクロックワークプクプク獣、話した言葉を復唱するクロックワークバードなんかまである。
 しかし、フレミネの気をひいたのは、完成したものではなく、修理途中のまま置かれていたクロックワーク人形のようだった。彼は基盤が露出された人形をじっと見つめながら、「これはどうしたの?」と尋ねた。
 リーヴァはペンギンを数えるのを一旦中断すると、フレミネの視線の先を見た。「これは、お客さんから修理依頼をされたものなんだ。あるとき、全く動かなくなってしまったみたいでね。ただ、よく見ても動かない原因がわからないんだ」
「ぼくも見てみてもいい?」とフレミネはクロックワーク人形へ視線を向けたまま言った。
「もちろん。そこにある工具を使いたかったら使ってくれ」
 フレミネはクロックワーク人形のに顔を近づけてしばらく内部構造を見た後、隣で広げたままにしてあった回路図を眺めた。この人形の構造とは異なるから全く役に立たない回路図のことだ。
 それからほどなくして、フレミネは顔を上げてリーヴァの方を見た。
「これはたぶん、昔ぼくが作ったものだ」
 リーヴァはフレミネの言うことがすぐに理解できずにいた。正確にいうと、言葉の意味としては理解できていたのだが、今回納品したような大人に人気のある高性能なクロックワーク製品を作るフレミネと、このあべこべな作りの――クロックワークについて学んだことのない素人が作ったような代物の――クロックワーク人形の作成者が同一であるということがどうにも結びつかずにいたのだ。
 リーヴァがなにも言わずにいると、フレミネはさらに続けて言った。
「ぼくは小さいころ、壊れたクロックワーク製品をいじって、クロックワーク製品の構造について学んだんだ。あるとき、一からクロックワーク製品の機構部分を作ってみたいと考えたときがあった。それで、ぼくは家にあった壊れたクロックワーク製品からパーツを色々取り出し、組み合わせて人形の素体に入れ込んでこのクロックワーク人形を作ったんだ。当時、ぼくはクロックワークについて学校や工房に入って学んでいたわけではなかったから、クロックワークの理想的な構造というものを知らなかった。だから、このような色々絡みあってよくわからない構造になっているんだ。リーヴァさんが、動かない原因がわからないと言ったのは、この構造のせいだよね?」
「そうだ。製作者であるならば、修理できたりしそうか」
 ようやく、その言葉をリーヴァは口にした。
「たぶんできると思う。けれども、少し時間はかかるかな。ぼくも、構造についてすぐには理解できなさそうだから。なにぶん、この構造は後々触ったりすることを考慮していないものになっているから」
 そう言うと、フレミネはクロックワーク人形を持ち運べる状態になるよう、取り外していた背面のカバーを付け直した。
「独学で勉強した後、君はどこかの工房かあるいは学校に入ったのかい?」
 フレミネの作業の様子を見ながらリーヴァは尋ねた。その質問をしたのは、単純な好奇心からだった。
「いや。ぼくにはクロックワークについての先生はひとりもいない。今まで工房に入ったこともないし、学校に行ったこともないから」
 フレミネの返事に、リーヴァは驚いた。全て独学とは、すごい才能だ。リーヴァ自身、クロックワークについて多少は知っているものだから、その本質について知り、設計ができるようになるのがどれほど大変か理解していた。
「なあ」リーヴァはフレミネに向かって言った。「専属で、この工房でクロックワークのおもちゃの開発をしないか?」
 それを聞いたフレミネは少しも悩む様子を見せずに返事をした。「申し訳ないけど、ぼくにはできない」
?」リーヴァはフレミネの言葉を繰り返して言う。気になる言い方だった。『嫌だ』ではなく、『できない』とは、まるで誰かによって禁止されていることのようだ。
「リーヴァさん、あなたには家族はいる?」
「ああ、いるね」唐突なフレミネの質問にリーヴァは答える。家族がいるかと問われて頭の中に浮かんだのは、弟のことだ。弟はフレミネと同じく、機械に詳しかった。
「家族がいるから、あなたの申し出は受けられない。あなたにも家族がいるからきっとわかってくれるはず」
 リーヴァはよく理解できないままにうなずいた。普段おとなしいこの少年がここまで強く物事を言うのは初めてのことで、だからこそ、なにも聞かずにただ、うなずかねばならないと思ったのだ。

 フレミネの家族の詳細についてリーヴァが知ったのは、それから数日後のことだった。


下記から、匿名で感想を送ることができます。返信はてがろぐにて行います。

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は1日回まで
現在文字数 0文字

目次へ戻る