おじいさんが死んだ。
私がその知らせを聞いたとき、にわかにその言葉を信じることができなかった。昨日もいつも通り会ったけれども、おかしな所などどこにもなかったのだ。
昨日はおじいさんに先生から出された課題について相談していた。ああ、この日が最後だと知っていたなら、相談をするのではなくおじいさんに旅の話をしてもらったのに。おじいさんは若い頃はクリスタルキャラバンの一員としてミルラの雫集めの旅をしていて、私はその話を聞くのが大好きだった。
先生からの課題というのは将来の夢について作文を書きなさい、というものだった。私はじっくり考えてはみたが、考えても考えても全く思いつかない。そこでおじいさんに相談することにしたのだ。おじいさんは今では村一番の長生きで、聞いたところでは百年以上生きているらしい。若い頃は旅をしていたこともあって色々なことを知っていた。だから、村の者達は何か困ったことがあったときはおじいさんに相談するのだ。それは私も例外ではなかった。
「家業を継ぐというのは?」
私からの相談内容を全て聞いたあと、おじいさんはそう言った。
「兄さんが継ぐから」
「なりたい職業で考えるから難しいのではないですか。憧れのものとか、この人みたいになりたいとか、そういったものはないでしょうか?」
私は少し考え込んだ。憧れのもの、なりたい人――「そうだ、じいちゃんになりたい」
「それは、私のようになりたいということですか?」
「そうだよ、じいちゃん。じいちゃんみたいな人になりたいんだ」
そう言った私の言葉を聞いておじいさんは「ではそう書くといいでしょう」と言った。「私みたいになりたい理由やなるためにした方が良いことを考えて合わせて書けば、作文がおのずとできあがるでしょう」
私はその日の夜、自分の家に帰ったあと、おじいさんみたいになるにはどうすれば良いか考えた。おじいさんは物知りで、そしてとても礼儀正しくて、歳下の者にも常に敬語で話すのだ。加えて、自分のことを『私』と言う。
自分のことを『私』と言ったり、敬語で話したりするのはおじいさんみたいになるための第一歩だと私は考えた。明日からはそうやって話そう。
「昨日の宿題の作文、書き終わった?」次の日、先生と同じ授業を受けている者の内の一人にそう聞かれ、私はこう答えた。「いいえ。まだです。けれども、何になりたいかについて書くかは決めました」
「どうしたの? その喋り方」クラスメイトは怪訝そうな顔で言った。「まるで、ユークのおじいさんみたい」
私はそれを聞いて嬉しくなった。おじいさんに少しだけだけど近づけたと思ったから。――おじいさんが死んだことを聞いたのはその後のことだった。
おじいさんはこの世界に住む四つの種族の中でユーク族と呼ばれる種族だった。彼らは他の三つの種族とは全く異なった見た目をしている。彼らは常に鎧と仮面を身につけているのだ。おじいさんの話によるとこの姿は魔法を効率よく使うためらしい。
私はあるとき、おじいさんの素顔が見てみたいと言ったことがあった。
「私達は本当に心を許した者にしか素顔を見せないんです」おじいさんは私のお願いを聞い四てそう答えた。
私はその言葉を聞いて悲しくなった。私はおじいさんには誰よりも心を許しているのに、おじいさんはそうではないと思ったからだ。
「毎日じいちゃんの、昔のキャラバンの旅の話を聞いているのに? じいちゃんのこといっぱい知っているのに?」
「そうです。ですから、貴方には特別に見せてあげますよ」
「いつ? 今から?」私は嬉しくなってまくし立てるように言った。
「申し訳ないのですが、今は無理かと。実を言いますと、私は素顔を見せたことがある人が自分の両親と『奴』くらいしかいなくて、いきなり見せるのは少し――いや、とても恥ずかしいのですよ」
『奴』、というのはおじいさんのクリスタルキャラバン時代の相棒だった人だ。『奴』はリルティ族で、ユーク族と同じくらい長生きする種族だった。彼らは友人であると同時にライバル関係にもあり、昔から互いに競い合っていた。今は、どちらがより長生きできるかどうかで競っているらしい。そのことを初めて知ったときは、当分の間は決着が着きそうにないな、と私は思った。
「要するに、心の準備がしたいってこと? いつできる?」
「いつでしょうね――一ヶ月か、はたまた一年か。もしかしたら死ぬまでできないかもしれません」
「それじゃあ、もしかしたらやっぱり、じいちゃんの素顔が見れないってこと? さっきは見せてくれるって言っていたのに」
私は少し不機嫌になった。
「ええ、ですから、貴方に特別な魔法を教えましょう。鍵開けの魔法です。もしも、私が一生決心がつかなかったときは、私が火葬される前に、皆が見ていないときを見計らってその魔法で私の入ったひつぎを開けるのです。これで貴方に先程した約束を守ることができるでしょう」
「なんだかそれって」私はおじいさんの素顔を見せてもらう件に関しては確かに納得はしたが、一つ疑問が生まれた。「おじいさんの方が先に死ぬって決まっているみたいだ」
「それはそうです、私は長命のユーク族の中でも特に長生きなんですよ。明日急に死んでしまっても不思議ではないくらい」
「そんなことになったら、じいちゃんはじいちゃんの言う『奴』との勝負に負けてしまう。じいちゃんの方に勝って欲しいし、まだまだ旅の話は聞きたりない。明日死ぬのは嫌だ」
「すみません、少し冗談のつもりで言ったのです。私も、明日急には死にたくありませんよ。――奴との勝負はお互いに長生きするためでもあるんです。長生きのためには一番、気持ちが大事ですからね」そう言ったあと、おじいさんは少し真面目な顔になって付け加えた。「でも、忘れてはいけません。物事には全て終わりがあるのです。それは長命な種族であるユーク族やリルティ族も例外ではありません。そして、その別れというのは突然来るものなのです」
村の広場にあるクリスタルの前におじいさんが入っているらしいひつぎが置いてある。村の皆が順番に、おじいさんが大好きだったまんまるコーンや、魔導書や、お花を供えていくのを私は眺めていた。
私が誰かの死を送り出す経験をするのは二回目のことだった。一回目は昨年のことで、リルティのおじいさん――おじいさんの言う『奴』が死んだときのことだ。
『奴』とおじいさんの勝負はおじいさんが勝ったのだ。けれども、おじいさんはちっとも嬉しそうではなかった。あんなおじいさんを見るのは始めてで、『奴』が死んだ日、私はいつものようにおじいさんに旅の話をせがんだけれども断られてしまった。旅の話をすることを拒まれたのは初めてのことだった。
この村では死んだ者はひつぎに入れられ、一晩過ごしたのち、次の日の早朝に生前最も関係の深かった者が唱えたファイアの魔法によって燃やされ、送られる。
『奴』とのお別れはおじいさんの唱えるファイアによって行われた。おじいさんは魔法を唱え終わった後もじっと炎を見つめていた。ひつぎではなく。おじいさんの隣にいた私にはそれがわかった。そして、炎が強くなり完全にひつぎが見えなくなった頃合になりやっと傍にいた私の方を向いてこう言った。
「さあ、『奴』に最後のお別れの挨拶をしましょうか」
その言葉を言ってからのおじいさんはいつも通りの様子に戻った。旅の話をせがんでも断ることなどけっしてない。きっと、一番関係が深かった者が故人を送り出す役目を負うのは、その遺された人のためなのであろう。自ら大切だった人を送り出すことで、心の整理をするのだ。
私はおじいさんを送り出すのは自分がいいな、と思った。自分のためである。きっと私が送り出さなければ、私は何も手につかなくなってしまうだろうから。
村の皆が寝静まった夜、私はこっそり自分のベッドから抜け出した。おじいさんが約束してくれたことを果たすためだ。
おじいさんは私が唯一知っている『奴』のひつぎと違って、蓋にはしっかりと鍵が掛けられていた。私は不謹慎かもしれないが、はっきり言ってかなりワクワクとした気持ちでいた。おじいさんの長年の秘密を知ることができるのだ。
私は静寂につつまれる中、ひっそりと鍵開けの魔法を唱え、ひつぎに掛かっている鍵を開けた。村の誰かを起こさないよう、ゆっくりと静かに蓋を持ち上げる。
中に横たわっていたのは見覚えのある鎧で、一緒にユーク族がいつも身につけている仮面も入っている。この二二つからここにいるのはおじいさんなのだろうということを窺い知ることができた。
ずっと、私はおじいさんが死んだということの実感がわいていなかった。ひつぎの中を見ることで実感するだろう、と中を見る前は思っていたが、実際はそうではなかった。なぜなら、ひつぎの中にあったのは文字通り『鎧と仮面』だけだったからである。
そういえば。私はふと、あることを思い出す。
ユーク族には肉体はなく、魂だけの存在らしい。それが本当ならば、死んだのはおじいさんの今まで魂を憑依させていた鎧であって、おじいさんの魂は今、世界のどこかで新しい鎧に憑依して生きているのではないか。
早朝、村人たちは故人を送り出すため、クリスタルのある村の広場に集まっていた。
村長が村人を代表しておじいさんに別れの挨拶をする。そしてその後は、私の魔法によっておじいさんの今までの身体が送り出される。
私はおじいさんの鎧と仮面が入ったひつぎの前に立つ。そして、皆が静かに見守る中、ファイアの魔法を唱えた。ひつぎに炎がつき、徐々に激しく燃え広がっていく。
「さようなら、おじいさん」
私は炎を見つめ、おじいさんの今までの身体に別れを告げた。
村の外には人間に有毒な瘴気が満ちているから、クリスタルケージの近くでないと、まともに活動をすることさえままならない。外を旅をするためにはクリスタルキャラバンの一員になるか、キャラバンの旅に同行させてもらうしかない。来年には私もキャラバンに参加できる年齢になる。だから、春になったらクリスタルキャラバンの一員になろう。そして、世界のどこかにいるおじいさんの魂を探すのだ。
私はそう決意した。
FFCCのシェラの里を訪れたときの日記の内容から想像した話。 FFCC、世界観がとても大好きなゲームです。その雰囲気がこの小説にも出ていれば良いのですが。