ナハティガルとボニファズから借りたものを全てブンブンに見せきった二日後、ティルザードは観察の結果が書かれた紙をジェイドに見せていた。昨日、ティルザードがまとめ作業まで終え、夜遅くまでかけて書きあげたものだった。ジェイドは観察結果が書かれた用紙をティルザードから受けとると、書かれている内容にざっと目を通し始めた。
その様子を眺めながら、ティルザードはナハティガルとボニファズが言っていたことを思い出していた。タニット族がこの露営地を放棄するに至った理由が彼女なのではないか、もしくは放棄した理由を知っているのではないかという件だ。どちらにせよ、ジェイドは露営地に起こったことを知りながら黙っている可能性が高い。つまり、なにかを隠していそうなのだ。
「それで、この後はなにをするの?」
ティルザードから渡された結果に目を通し終えるとジェイドが言った。
「たくさんデータがとれたから、次はブンブンの反応があったものになにか共通点を探せないかと思っている。ひとつ目星はついていて、当時、砂漠地域で一般名詞として使用されていた単語は認識できるのでないかと予想しているんだ。これを結論にできるようにデータを整理するのがとりあえずの目標かな。一点、懸念点をあげるとするならば、現段階で奇妙に思えている事象があることだ。ブンブンは人の名前について認識しているように見受けられるだろう。そのことについてだ」
「別に、そのことにはおかしなところを感じないけど。どうして懸念点なの?」とジェイドが尋ねる。
「ブンブンは君の名前を認識している。そして、君の名前はブンブンがプログラムされた後にしか記憶できない単語だ。プログラムされた当時に『ジェイド』という人物がいて、その名前をプログラムの内容に組み込んでいたというのならば別だけれどもね。でも、そうでないならばブンブンには後から単語を学習できる機能を有している可能性が高い。ブンブンに単語学習機能があるのならば、この研究はより困難なものになるだろう。機械が覚えられる量には人間と違って上限があるから、一般的には消去する仕組みが備わっていたりするらしいのだが、それが原因だ。
消去する条件も考えると、観察だけでブンブンが覚えている単語について把握するのは正直に言って無謀だろう。考えてもみてほしい。ブンブンが記憶している単語かどうかを調べるには、消去されないようにブンブンへ聞かないといけない。でも、誰もその消去する条件がわからないんだ。つまり、いつ、どんなタイミングで消去のトリガを引くかがわからない。こんな条件下で調べるのは無理だ。まあ、観察するだけではなくて、ブンブンの記憶部位を探し出してその内容を確認できるのならば別だけれどもね。でも、ブンブンの
「もちろんだめ」
そんなの当たり前だろうとでもいうように、ジェイドは何度も繰り返しうなずいた。ジェイドの許可が得られないならば、ティルザードはブンブンを分解するわけにもいかなかった。『観察』だけでブンブンが記憶している単語を調べるのは無理難題である以上、単語学習機能については一旦忘れた方が良いであろうかとティルザードは考えた。
「そうかもしれないけれども」ジェイドはなにかを考えるようにしながら話し出した。「それってあたしがブンブンの言葉がわからなくても、ブンブンがあたしに伝えたいことはなんとなく理解できるように、ブンブンもなんとなくあたしの名前がわかるってだけの話ではなくて?」
「君と同じように、ブンブンも言語以外の部分で私たちの伝えたいことを理解しているということか」
ティルザードはジェイドが言ったことに対して考え込み出した。
ジェイドは言葉という手段を使わずにブンブンと意思の疎通をとるというわざを身につけていた。ティルザードには、なぜブンブンが伝えたいことを彼女が理解できるのかその仕組みが全くもってわからなかったが、世の中にはペットや家畜の伝えたいことがわかる者もいるらしいから、不可能なことではないともいえる。意思の疎通という目的においては、言語を用いることだけが選択肢ではないのだろう。そう考えると、諦めるのにはまだ早い。ブンブンに単語学習機能は存在せず、別の要因で名前を認識している可能性があるからだ。
「たしかに、そういったこともありえるかもしれない。言語以外の手段を用いて意思の疎通を図る――これはなかなか面白い視点だ。君がブンブンと意思の疎通をとりあう様子を観察して、それとブンブンの行動を比較したら色々とわかることがあるかもしれない」
「あたしもブンブンみたいに色々と命令され続けるっていうこと? そして、その様子をティルザードさんに観察される」
「そうだ」
そんなことは当たり前だと思いながら、ティルザードはうなずいた。
「なんかそれって悪趣味だよ。そんなことをされたら、あたしはあんまりいい気分がしない」
ジェイドのその発言にティルザードは衝撃を受けた。彼女がした指摘はもっともなことだ。
ティルザードは、学者として守らねばならない規範を無視した発言をしたことに気づかされた。教令院では、機械生命の研究の多くが禁止されているのだ。
禁止されている理由は、倫理的にどうかと思われるような実験が多数行われたためであった。生体解剖、その他残酷な動物実験――これらを一部の研究者が際限なく行ってしまったことによって禁止された。それらの実験をしていない研究者もいたが、その者たちの研究も続けてはいけないとされてしまったのだ。そのため、多くの機械生命の研究者が教令院との関係を断ち切った。全てはマッドサイエンティストたちの研究のせいだというのにだ。これは悲しいことである。教令院は機械生命の分野においてかなり遅れをとることになってしまっているのだ。要するに、ティルザードの研究が他の研究者たちに影響が及ぶ場合もあるので、人としての道を踏み外したものになっていないか、調査方法は慎重に検討せねばなるまい。
「ちょっといいかな」
ティルザードが『今のは失言だった。観察方法については考え直そう』とジェイドに言おうとしたとき、彼らに声をかける者があった。ティルザードとジェイドは振り返った。そこにいたのはタンジだった。
「ああ、もちろん」ティルザードはうなずきながらそう言った。
「この砂塵風の中、この露営地に訪問者があったんだ。その人は足を引きずりながらも、かなりの距離を歩いて移動してきたようなのだが――無理をしていたのだろう、歩くのにかなり難儀していそうなんだ。彼を居住スペースまで連れて行くのに誰か手を貸してくれないか」
「もちろん、手伝うよ」タンジが言い終わるか終わらないかのうちに、ジェイドはそう返答した。「ドクター――傭兵団の中で医療に詳しい人もいるから、呼んでくるよ。足の様子を見てもらった方がいいでしょ?」
「助かる」
タンジがうなずいたのを見ると、ジェイドはドクターを呼びに行くため急ぎ足で部屋を出て行った。その後をブンブンが追って行く。すぐに二人(ブンブンは一人といっていいのかわからないが)は見えなくなる。そして、ティルザードの臨時の研究室にいるのはタンジとティルザードだけになった。
タンジはジェイドとブンブンが去ってからもすぐに動こうとしなかった。ジェイドたちが見えなくなってから少し経って、タンジはティルザードの方を向くとこう言った。
「君たちの会話を少しだけ聞いてしまったんだ。あまりこう言いたくはないが――ある一線を踏み越えた研究だけは行わないようにしていただきたい。私もしたくはないが、教令院が禁じている類の実験をしていることを知った場合、上に報告せざるを得なくなるからね。これは教令院に所属する学者たちの義務だ。そうだろう? 君だって学者なんだ、わかってくれると思っている」
「もちろん、わかっている」とティルザードはうなずいた。
ティルザードはタンジからの言葉を肝に命じた。正しい倫理観を持ち、一線を超えてはならない。学者として教令院と関わりを持ち続ける以上、これは必ず守らなければならないルールだ。
ふと、ティルザードは教令院内の噂話を思い出した。機械生命の研究者が教令院から追放された話だ。
ティルザードからすれば、噂話になっていた学者はかなり優秀な部類に入っていると思うのだが、そうであるにも関わらずその学者は追放されたらしい。教令院が定めた禁止事項に触れるような内容の研究をしたからだ。つまり、学者として教令院から認められるには、良い内容の論文を書くのではなく、禁止事項に触れないことが必須であった。
そこまで考えて、彼はそのような事情を皮肉なものだと思った。
露営地にいる者たちから『居住スペース』と呼ばれているエリアにティルザードとタンジがついたときには、既にドクターが砂塵風の中やってきた訪問者の診察をしているところだった。
ティルザードたちもそれほど長く話していたわけでなく、ジェイドがあの場所を離れてからすぐに居住スペースに向かって歩き出していた。どうやら、彼女は相当急いでドクターを呼んできてくれたらしかった。
ここまで考えた後、ふとティルザードは、その彼女はどこにいるのだろうと思った。ティルザードは辺りを見渡した。すぐに、ブンブンが意思疎通をとるために鳴らしているであろう電子音を、彼の耳が聞きとる。彼が音のした方を向くと、そこにはブンブンとジェイドがいた。
ティルザードがジェイドのことを見たとき、彼女の口が動いた。でも、声は発していない。音にならない言葉が口をついて出たような感じだ。少し待ったが、他の人にも伝わるような音声情報としての言葉を彼女が発することはなかった。ブンブンがピッと電子音を鳴らす音だけが聞こえてくる。
「特に大きな異常はなさそうだ。足はここにくるまで砂漠を歩いている際に怪我をしたのではなく、昔にやった怪我が原因だそうだ」
ドクターは立ち上がるとそう言った。彼が発したその声を聞き、ティルザードは砂塵風の中の訪問者とドクターがいる方を見た。訪問者は初老と思われる年齢の男であった。
「名前は?」
そうタンジが尋ねると、訪問者の男は顔をあげてタンジがいる方向を見た。ティルザードは少し奇妙に思った。彼は
「ナルヴァラス」と男は簡潔に名前だけを述べた。
「ナルヴァラス」
ジェイドは、ティルザードにも聞こえるくらいの大きさの声でそう呟いた。先ほど、彼女が発した音にならない言葉とは明らかに違う単語だった。先ほどまではなにも喋っていなかったのに彼女が突然そう呟いたので、ナルヴァラスという名前について気になる点でもあるのだろうか、とティルザードは思った。
「彼はあまり良くものが見えていないようなんだ。でもこれも足と同じように、今回砂塵風の中を移動中に引き起こしたことではない。そうだね?」
ドクターは他の者たちがナルヴァラスの視線について問いかける前に、ナルヴァラスに向かって確認するように言った。
「ああ」ナルヴァラスはうなずく。「よくわかったね」
「診察というのは患者をよく観察することが大事なんだ。君は杖を持っていたが、その杖をうまく使って障害物がないかだとか地面の状況を確認しながら歩いていた。そして、それらの行為はつい最近やり始めたようには見えず、手慣れているように見えた。だから、視力が衰えたのはいくらか前からだと思ったんだ」
「で、ナルヴァラスさんはこんな天候の中、なぜ砂漠を歩いていたんだ?」とタンジが聞いた。
ナルヴァラスの隣にいるドクターもそうだというようにうなずきながら言った。「普段からよくものが見えないなら砂塵風による視界の悪さは関係ないのかもしれないが、一人で砂漠を移動するのはあまり関心できたことでないな。砂塵風のせいで砂漠を出歩いている者がほとんどいないんだ。なにかがあって身動きがとれなくとき、誰かがたまたま通りがかって助けてもらえることもないし、救援を呼んだとてきてもらえもしないだろう。ただ死を待つのみなんだ。無謀だと言わざるを得ないな」
「私が住処としていた場所が砂塵風によって崩れたのだ。応急処置でどうにかできるような状況でなくてね。そんな場所で砂塵風が去るのを待つよりはましだと思って、こんな状況でも砂漠を移動したんだ」
「なるほどね」
ドクターはうなずいた。どうやら納得したかのようだ。
「それにしても」
言いながら、ナルヴァラスは辺りを見渡すかのように顔を動かした。実際にはよく見えてはいないのだろう。視線は居住スペースにいた者たちでなく、なにもない空中に向かっていた。彼の様子を見てティルザードは少し考えた。長年繰り返すことで染みついた仕草というのは意識せず、その仕草に意味がなくてもやってしまうのだろう。話している相手を見るのは、ナルヴァラスという人物に染みついた癖なのだ。だから実際に見えるかどうかは関係ない。
「ずいぶん奇妙な集まりだね。学者に商人、それに加えて傭兵がいる。なかなか見ない組み合わせだ」とナルヴァラスは続けた。
「なぜわかったの? まだ自己紹介してもいないのに」
ジェイドがナルヴァラスに向かって尋ねた。たしかに、とティルザードも同意するように後ろでうなずいた。ナルヴァラスは目から入る情報以外でどのようにして露営地にいる者たちを把握したのだろう。
「君は傭兵のうちの一人だね――簡単なことだ。歩き方や話し方、立ち振る舞いに表れる癖で把握するんだよ。人というのは五感を使って様々な物事を把握できる。頼りにできるのはなにも視覚だけではないんだよ」
このナルヴァラスという男はなかなか鋭い感覚を持っているのだな、とティルザードは思った。試しにと目を閉じ、視覚情報以外の感覚を使って自身が周りの様子を把握する様子を想像してみる。何度か試してみたが、その様子は全く浮かんでこない。ティルザードは疑問に思った。ナルヴァラスの言うことは本当のことなのだろうか。
「それって本当?」とジェイドは、ティルザードがちょうど考えていたことと同じことを言った。「――ナルヴァラスさん」
ナルヴァラスはゆっくりうなずいた。「本当だとも。傭兵さん」
「ジェイド」
「ジェイド?」
「あたしの名前はジェイドっていうの」
「そうか」ナルヴァラスは人好きのする笑みを浮かべた。「砂塵風が去るまでの間よろしく頼むよ――ジェイド、それに他の方たちも」
ナルヴァラスが露営地での生活に馴染むのはあっという間のことだった。彼は人付き合いが良く、露営地にいる人々とよく話をした。世間話もするが、学者たちとは学問についての話もするし、傭兵たちには過去の武勇を尋ね、語るのを聞いた。要するに、ナルヴァラスはとても聞き上手な人物であった。
しかし、ジェイドはナルヴァラスのことを苦手としていそうだった。これはティルザードの予想だ。ジェイドはナルヴァラスに寄り付かなかったし、彼女と露営地にいる他の者が話しているところへナルヴァラスが近づき会話に加わると、いつも彼女はそっとその場から離れていった。
賑やかになりつつある露営地は、かつてタニットという部族がいたときにあったような活気を取り戻しつつあった。これは、タニット族がいた頃の露営地の様子を知るタンジが言っていたことだ。
一方で、ティルザードが行っているブンブンの調査の方は行き詰まっていた。ブンブンが認識できるものに共通点らしきものは見つかっているのだが、それをある一定の法則として考えるとどうしてもうまくいかない。単語学習機能の有り無しに関わらずともだ。ブンブンが認識できる単語の中で、現在ティルザードが提唱しようとしている法則から外れるものがいくつか出てきてしまう。
ティルザードの調べによると、クロックワーク・マシナリーをはじめとする自律機械には全て行動が定義されているものらしい。つまり、定義されていない行動は絶対にしないのだ。ティルザードが法則から外れると思っているブンブンが認識可能な単語にも、未定義の行動をしない以上、実際には法則が定義されそれに従って認識しているはずなのだが、それがわからない。
「気分転換でもしてみたらどうだ」
あるとき、ティルザードが行き詰まっている様子を見たナハティガルがそう言った。
「気分転換?」
「そうだ」ナハティガルはうなずいた。「俺たちも商売で頭を悩ませるようなことがあったら気分転換をするんだ。酒場に行って酒を飲んだりしてね。すると不思議なことに、翌日起きたときに妙案を思いついたりするんだ。損害を取り返す方法だとか、商人の間でのトラブルを解決する方法だとかね。行き詰まっているときに考え続けてたってなにも浮かばず、ただ時間を消費するだけなんだ。同じ時間の消費の仕方なら、楽しく過ごした方が良いだろう? それにティルザードさんらしくないじゃないか」
「私らしくない?」
「前に考古学の調査で砂漠にきたとき、穴に落ちて上にあがれなくなったことがあっただろう。あのとき、酒に弱いのにも関わらず酒を飲んでいたが、それは気分転換のためではなかったのか」
「たしかに」
ティルザードはそのときのことを思い出した。ティルザードの記憶では、たしかナハティガルが負傷し熱中症になったため、穴の下でしばらく休むべきだと言われたのだ。それで、予定していた行動ができなくなったのに苛立ったティルザードは持ってきていた酒を飲んだのだった。翌日、二日酔いでさんざんな目にあったが、今思えばうまくいかない苛立ちをまわりに当たらず済んだのだから、酒を飲んで良かったともいえる。気分転換の一種にあたるだろう。
しばらく考えた後、ティルザードは言った。
「久しぶりに酒でも飲むか。気分転換にでも。最悪、二日酔いになって一日寝込んだとして、問題ないほどには時間がたっぷりある」
せっかくだし他の者も誘おうという話になり、ティルザードは学者たちの元へ酒盛りの誘いをしに行った。ナハティガルの方では、ボニファズと傭兵たちに声をかけてみると言っており、うまくいけばかなり賑やかな会になりそうであった。
ティルザードが学者たちのところへ行くと、そこにはナルヴァラスがいた。これは彼がきてからよく見る光景であった。ナルヴァラスは気さくで話好きな人物ではあるが、とりわけ学者たちと話すことが多かった。タンジたちが研究しているタニットという部族について、彼も興味があるのだろうか、とティルザードは思っていた。
「やあ」
学者たちが集まっている場所に近づくと、ティルザードはそう声をかけた。学者たちが一斉にティルザードの方を見る。
「今夜、酒盛りでもしないかとナハティガルと話していたんだ。君たちもどうだい」
「それはいい案だな」とタンジが言った。「自由に外に出ることもできないんだ。そういったイベントで、少しでも気分を明るく保つようにしないと気が滅入ってしまう。是非参加させてほしい」
他の学者たちも揃ってうなずいた。自由に身動きがとれないこの状況で皆、ストレスがたまっていたようだ。他の人が参加するならという感じではなく、各々が是非参加させてほしいという雰囲気であった。
「私も参加させてもらっていいだろうか」
学者たちの横にいたナルヴァラスが尋ねた。
「もちろん」
ティルザードは今夜が楽しみだと思いつつ、快く了承した。
その夜開かれたティルザードとナハティガルが企画した酒盛りには、露営地にいる者のうちほとんどが参加した。ジェイドが率いている傭兵にタンジを中心とした学者たち、ナルヴァラス、それに加えてティルザードの護衛をしていた傭兵のうち、動くのに支障がないくらいに回復していた者も参加者の中にいた。
飲み会が盛り上がりをみせる中、ティルザードは隅の方で酒をちびりちびりと飲みつつ遠くからジェイドの方を見た。彼が酒を飲んでいる他の参加者に比べてずいぶんゆっくりと飲んでいるのは明日、二日酔いにならないためであった。二日酔いになったときの頭痛は辛く、一日寝込んでいても支障のないほどの時間はあったにしても、ならないのに越したことはなかった。
ジェイドはおそらく苦手としているであろうナルヴァラスから離れた場所で、傭兵たちと話をしながら酒を飲みかわしていた。砂漠地域では何歳から酒を飲んでよいのかティルザードにはわからなかったが、雨林出身のティルザードの感覚では、どうやら酒を飲んでいるジェイドはもう大人といってよい年齢であるようだった。彼女自身で『大人になった』と言っていたが、それは本当のことだったみたいだ。
「これは楽しい会だね」
隅に一人でいたティルザードを気づかってか、ナルヴァラスが杖をつきながらティルザードのそばまで歩いてくるとそう言った。
「たしかに」とティルザードが返す。
「隣、いいかな?」
「ああ、もちろん」
ナルヴァラスがゆっくりとした動作でティルザードの横に腰を下ろした。そして、片手に持っていた杖を自身の横に置くと、もう片方の手で持っていたグラスをティルザードに向かって差し出した。ティルザードも彼に合わせてグラスを掲げる。二人はグラスとグラスを軽くあわせた。小さく音がなり、宴会の
「企画をありがとう。こういった宴会に参加するのは久しぶりで、すごく楽しい時間を過ごせているよ」
ティルザードは手に持ったグラスから一口酒を飲んだ。「ナハティガルに行き詰まっていることを話したら、気分転換でもしたらどうかと言われて企画したんだ。他の人も気分転換をした方が良い状況にあったようで、この会を開いて良かったよ」
「行き詰まっている?」ナルヴァラスもグラスから酒を飲みつつ、そう言った。
「ああ。私は露営地にいる間はやることもないから、ブンブンの観察をしているんだ。ブンブンの主人であるジェイドに許可をもらってね。今は観察結果をまとめてそこからわかることを考えているところなんだが、そこで行き詰まっているんだ」
「ブンブン」ナルヴァラスは考えるような姿勢をとった。そして数秒経った後ティルザードの方へ顔を向けて、「あの、ジェイドという傭兵のそばによくいる
「そうだ」
ティルザードは答える。ナルヴァラスの返答を聞いて、彼はほとんど目が見えないのだった、ということをティルザードは思い出した。ナルヴァラスにはそういった雰囲気がほとんどないので、ついそのことをティルザードは忘れてしまうのだった。唯一、思い出せる要素があるとすれば、彼がいつも手に持っている杖であろうか。
「ブンブンは端的に言えば、プライマル構造体の一種のようなものなんだ」
ティルザードは補足した。ブンブンの形状をナルヴァラスが想像しやすいようにだ。
ナルヴァラスは再び少し考え込んだ後、言った。「たしかに、あの物体はそう言えそうだな。観察結果について聞いても?」
ティルザードはブンブンの観察について詳細を話し出した。話の合間で手に持ったグラスから酒を飲んでいく。そうして話が終わる頃には、ティルザードはかなり酔った状態にあった。
「なるほど、興味深い」
ティルザードは酒に酔ったとき特有の思考が鈍るような感覚の中、ナルヴァラスがそう言ったのを聞いた気がした。