砂塵風が去るまでという期間限定の奇妙な共同生活は、想像よりもうまくいっていた。
学者たちは砂塵風が吹き荒れていることで外出がままならないからといって、研究の手を止めることはなかった。タニット族の痕跡が残る箇所のうち、砂塵風を避けられそうな場所は露営地内にいくつかあったため、それらの場所の調査を進めていた。
これまでの調査や、実際にタンジがタニット族と関わった際に受けた印象からタニット族についてわかっていることは数多くある。ひとつ例をあげるとするならば、一般的なスメールシティに住む者とは違って花神を信仰していたということだ。他には、砂漠に無数ある部族でよくあることではあったが、シティに住む者からすると受け入れられないような、要するに一見、野蛮ともいえるようなルールを持っていたこと等もあげられる。教育担当として少しだけ関わったことがあるだけにすぎないタンジは、そのタニット族のルールというものの詳細をよく知らなかった。
そんな状況ではあったが、今になって研究に進展があった。砂塵風が吹き荒れる中でも続けていた調査で『野蛮なルール』の全貌が少しずつ明らかになりつつあったのだ。
タニット族のルールというのは、裏切り者はどこまでも追われるということだった。『どこまでも』というのは文字通り『一生』という意味で、死ぬまで追われ続けられるのだ。このルールはとある紙片が見つかったことにより新たに提唱された説であった。
紙片は、部族の居住地からは少し外れたところにあるテントで見つかった。そのテントは、外れにあったせいで詳細な調査が後回しになっており、砂塵風がきてからやっと詳しく調査されたのだ。まるで後からやってきた住人が居住地にスペースがなかったので仕方なく空き地に建てたのではないかというような場所に建っていたテントであり、仲間外れかというような雰囲気をどこか醸し出していた。そんな雰囲気であったから、新たな説に繋がるほどの重大な発見がなされるなんて学者たちの誰もが思っていなかった。だからか紙片が発見されたとき、学者たちは興奮を抑えきれないかのように大騒ぎをした。
ティルザードは学者ということもあって時折、露営地の調査をしている学者たちと話すこともある。そんな関係性だったこともあり、重大な発見をした学者たちは、話のわかりそうなティルザードにも発見したものを当たり前かのように見せにいった。
「面白い発見がある」とタンジに言われ、ティルザードは件のテントへ連れられた。そこで、ティルザードはタニット族のルールが存在した証明になるであろうという紙片を見せられたのだった。
「マ
ティルザードはタンジに見せられた紙片を眺めると、書いてあった名前を読み上げた。正確にいうと他にも数名分の人名らしきものは書かれていたのだが、他の名前には全て棒線が引かれていたのだ。唯一、引かれていないのが『マシーラ』だけだった。
「ここら辺の訛りからいうと
ティルザードはもう一度紙片をじっくりと眺めた。棒線を引かれていない『マシーラ』という名だけがやけに目立って見える。彼は疑問に思って尋ねた。
「なぜ、『マシーラ』にだけ棒線が引かれていないんだ?」
「想像するのはそこまで難しいことではない」タンジは学者らしく、少しもったいぶるようにして続けた。「簡単なことだ。この『マシーラ』なる人物は部族のルールから逃れることができたのだろう。幸運にも追っ手に捕まることなく、逃げ出すことができたのだ。言い換えれば、他の人物は全て捕まり裏切り者として処理されたのだと推測できる。つまり、あまり詳細を想像するのはすすめないが――殺されたということだ」
「他の人はただの一人も逃げ出せなかったのか?」
ティルザードは紙片に目をやりつつ言った。マシーラの他に書かれている人名は五つもあるのだ。
タンジは言った。
「逃げ出すことは叶わなかったのだろう――マシーラ以外、ただの一人もね」
ティルザードは他の学者たちと会話をしたりする中で、自身も研究のためになるようなことができないかと考え始めていた。
インドア派の学者であるティルザードにとって、引きこもってただひたすら論文や文献を読み漁るというのは得意とすることだ。もちろん、露営地で過ごし始めてすぐに、露営地内の目に付くところへあった書籍の内容がどんなものであるかある程度、ティルザードは確認していた。しかし、残念ながら彼の心が惹かれるような内容のものはほとんどなかった。だいたいが彼の研究分野と大きく外れたものだったし、研究分野に関わりそうなものは全て既に何度も目を通したことがあるものだったからだ。
なぜ目を通したことのあるものが、とティルザードは驚いたが、書籍をよく見てみればその理由はだいたい予想がついた。露営地にあった書籍のほとんどに、教令院所有の蔵書票が貼り付けられていたのだ。
おそらく、正規の手続きを経て譲渡されたものではなく盗まれたものだろう、と蔵書票を見たティルザードは思った。というのも、彼が学生だった頃、書籍を借りた後自分のものにしたのではないか、と盗んだことを疑われてマハマトラから聴取を受けるということがあったのだが、そのときティルザードが盗んだのではないかと疑われた本の現物があったからだ。ティルザードが本を返却した直後、タニット族のうちの誰かがなんらかの方法で盗んだからこの露営地にあるのだろう。
ティルザードはおおいに憤慨した。当時彼が受けたマハマトラの聴取は辛く、試験前の貴重な一日が潰れてしまったほどだったのだ。犯人に対して恨みの一言を言ってやらねば気が済まないとティルザードは思ったが、残念なことに犯人はもうこの露営地にはいなかった。
書籍を読むことを諦めたティルザードは、書籍を読むこと以外で自身の研究に繋がるようなことがないか探し続けていた。そしてあるとき、ふとジェイドが連れているブンブンを見た際に、その探し求めていたものが見つかったのだ。詳細をいうならば、ティルザードはこの摩訶不思議な自律機械の調査をできないだろうかと思ったのだった。
前回、砂漠調査にきた時点で既に、ブンブンについて調べられないかと思ってはいたのだ。調査を進めて行くうちにより良い研究対象が見つかったため後回しにした挙句、結局なにも調べずに終わってしまっていたが、今こそ調査するチャンスに違いない。実をいうと、ティルザードが教令院に戻った後、論文を執筆する合間を縫ってブンブンについて調べたりしていたのだ。ああいった自律する機械はフォンテーヌ科学院の者の方が詳しく知ってはいそうであるが、だからといって教令院に知見のある者が全くいないということはない。その例が妙論派のとある卒業生で、彼は自律制御する鞄型の機械を自身の相棒として携えていた。
その卒業生は自身の相棒についてこう言っていた。「僕の相棒はキングデシェレト時代の遺物をコアとして使用しているんだ。これをコアに使うという発想はフォンテーヌ科学院の科学者が執筆したクロックワーク・マシナリーに関する論文を読んで思いついた。その論文によると、クロックワーク・マシナリーというのは動力コアと呼ばれる、ウーシアとプネウマが生み出すエネルギーによって駆動しているようだった。その動力コアの代わりにキングデシェレト時代の遺物を動力源として使えないかと思ってね。論文には、現在の動力コアの仕組みが生み出される前、クロックワーク・マシナリーには位置エネルギーを利用したものが動力源として使われていたという記載もあった。つまり、エネルギーを生み出せさえすればコアに使うものはなんでもいいんだ。
だから、僕の相棒――メラックにはキングデシェレト時代の遺物をコアとして使用した。観察した結果、仕組みは不明だけど遺物はある一定のエネルギーを絶えず生み出し続けているみたいだったからね。
そして、クロックワーク・マシナリーがどんな行動をするのかということに、ただの電源にすぎないコアは一切関係ないんだ。コア以外の他の部分に命令がプログラムされていて、その命令に沿って動く。メラックも同じだ。メラックのプログラムはクロックワーク・マシナリーを参考にして僕が書き上げたものなんだ。プログラムの内容の善し悪しでどのくらいの精度の行動ができるか変わってくるから、僕は定期的にメラックのプログラムを見直しているんだ」
つまりその話が本当であるならば、ブンブンの動力源と、行動を決めている部分は全く異なる性質のものであると考えて良いであろう。自律制御する機械を見た場合、それが『なにを動力源にして動いているか』について目がいきがちだが、ティルザードは妙論派の卒業生からその話を聞いていたため、他の場所に目がいった。『どういったプログラムによってブンブンは思考し動作しているのか』について、彼は気になったのだ。
そしてとうとう、その好奇心はティルザードの中にとどめておけないほどになった。あるとき、ティルザードはいつものようにブンブンと一緒にいるジェイドを見つけるとこう話しかけた。
「ちょっと頼みがあるんだ」
ジェイドはティルザードの方を見ると、「どうしたの、ティルザードさん」と言った。
「ここにいる間ブンブンの研究をしてもよいだろうか? その、教令院に戻ってから色々調べたんだが、ブンブンにはどこかにプログラムしてある部分があって、そこに書かれている命令に従ってブンブンは行動している可能性が高いんだ」
「あたしたちでいうと頭脳にあたる部分がブンブンにもあるってこと?」
ジェイドはティルザードの話を聞くと、簡潔にまとめ、認識があっているかどうかを確認した。
「そうだ」ティルザードはうなずいた。
「調べるのはいいけど、まさかブンブンをバラバラに分解して調べるわけじゃないよね」
ジェイドが『分解』と言った辺りで、ブンブンはその言葉を理解したのか電子音を鳴らすとジェイドの背後に隠れた。まるで、自分の身を守るためといった感じに。ジェイドはそんなブンブンの様子を見て、ティルザードの方に向き直ると腰に手を当てにらみつけた。
「だめだろうか。ちゃんと元通りに戻すと言っても?」
「だめ」
ジェイドはきっぱりそう言った。
ティルザードは困ったというような顔で少し考えた。ここで、じゃあ辞めますと諦めるのは少しもったいないと思ったからだ。ジェイドが(加えてブンブン本人も)良いといってくれるような条件を提示せねばならない。
「だったら、観察するだけだったらどうだろうか」ティルザードはお互いに妥協できるような条件ではないか、と考えついたのを話し出した。「なにかしらの命令を与えて、どのようにブンブンが反応するかを観察して、記録をとるんだ。それくらいだったらいいだろう」
ジェイドとブンブンは顔を見合せた。ブンブンの方は、顔と思われる方向をジェイドの方に向けただけなので『顔』といっていいのかわからないが。
「観察だけなら」
数秒経った後、ブンブンが問題ないと言っていたのを読みとったのか、ジェイドはそう返答した。
その日からブンブンの
ティルザードは用意した紙に、ブンブンにした命令とその命令を受けてブンブンが行った行動を書き出していった。
例えば、「ジェイドの方を見て」とティルザードが命令したとき、ブンブンは命令どおりジェイドの方を向いた。こういった場合は、ブンブンが行った行動を記載する列に『ジェイドの方を向く』と書く。そして備考欄に、『命令を理解できていそうである』と、ティルザードが実験中に感じた見解を残しておく(こういった実験中に感じたことや思ったことをティルザードは残すようにしていた。実際に論文に記載する資料には残さないものではあるが、こういったメモがのちのち論文として考えをまとめる際に役に立つのだ)。
こんな風にしてブンブンの観察は進められていった。この観察というのは地味でとても時間のかかるものであったが、砂塵風のおかげで外出もままならないこの状況では時間をつぶせてむしろ都合のいいくらいだった。暇をつぶしながら、新たな発見ができる可能性さえあるのだ。ここまで
ティルザードはハッラの実とバブルオレンジとりんごを木箱の上に置くと、ブンブンに対して次の質問をした。これらの品々は全てナハティガルとボニファズから借りた、彼らの商品であった。
「ハッラの実はどれだ?」
ブンブンはティルザードの質問を聞くと木箱の上の品々を順番に見渡した後(少なくとも、ティルザードには見渡しているように見えた)、正解だと思った品の方へ向かって行った。ハッラの実の前までくると、ブンブンは電子音を鳴らしてティルザードにこれだというように意思表示をした。正解。ティルザードはいつもと同じように、記録用紙に書き込んだ。
続けてティルザードは次の質問を投げかけた。
「では、バブルオレンジはどれだ?」
ブンブンは先ほどと同じように木箱の上にある品々を見渡した後、困惑したようにその場にとどまった。その状態のまま電子音を鳴らす。それはブンブンが先ほど鳴らした電子音と性質が異なるものだった。まるで、わからないとでも言っているかのようであった。
「ブンブンはわからないみたい」
ティルザードが観察している様子を近くで見学していたジェイドがそう言った。彼女はティルザードがブンブンを観察するのに、邪魔にならなさそうな場所へ置いてある木箱の上に座っていた。時折、手持ち無沙汰に足を動かしたりしながら、彼女はずっとティルザードがブンブンを観察する様子を見ていたのだ。
「そうか」
ティルザードはそう言うと手元の記録用紙に観察の結果を書き込んでいった。ブンブンにした命令の列に『バブルオレンジはどれだ』、行った行動の列に『行動しない』、備考欄に『理解できていない模様』と見解を残す。
「ねえ、この観察になにか意味はあるの」ジェイドは座っていた木箱から飛び降りると、ティルザードに対し尋ねた。「いまいち、これでブンブンにされているプログラムについてわかるとは思えないんだけど」
「君はクロックワーク・マシナリーについて知っているか」
ティルザードがジェイドに尋ねた。ジェイドはクロックワーク・マシナリーとブンブンとの関係について理解できていなかったが、とりあえずうなずいて「知っている」ということを示した。
「クロックワーク・マシナリーのプログラムが、やりたいことができるものになっているかを確認する際、たくさんの試験をするらしいんだ。これは妙論派の学者に教えてもらったことなんだけどね――ここまでクロックワーク・マシナリーに興味を持つなんて、妙論派の連中はどうやらフォンテーヌ科学院の技術者たちと気があいそうだ。話を戻すと、その試験というのは現在、私がブンブンにしているような、地道にひとつずつやっていくものらしいんだ。あるトリガを与えて、その結果を見るというようなね。それを聞いて私は思ったんだ。その試験結果さえわかれば、どのようなプログラムの構造になっているかはわからないとしても、構造の上位の段階、つまりブンブンの設計者がブンブンに『何をやらせたかったか』がわかるのではないかと思ってね」
「よく理解できていないけど、そのトリガってのは『バブルオレンジはどれか』という質問のこと? ブンブンは質問を理解できないというのが結果だったけど」とジェイドは尋ねた。
「そうだ。この場合、ブンブンは『バブルオレンジはどれか』というトリガに対しては私が想像していたとおりの動作をしないというのが観察結果になるな。ふむ」
ティルザードは顎に手を当てると、考え込んだ。ブンブンがハッラの実には反応したが、バブルオレンジには反応しなかった理由についてだ。おそらく、バブルオレンジについてはブンブンのプログラムに記載がないのだろう。これは特におかしなところがなく、理にかなった推理だ。ブンブンが作られた当時、砂漠地域にバブルオレンジは流通していなかった。このことは簡単に想像がつく。現代でさえ、スメールの砂漠地域ではめったにバブルオレンジを見ることができないのに、他国のものがより入ってきにくかった昔ではなおさら貴重な果物であっただろう。当時の人々の多くは、バブルオレンジを見たことがなかったはずだ。
ここでひとつ、ティルザードの中に疑問が生まれる。『ジェイド』という名にブンブンが反応している理由についてだ。ブンブンに『ジェイドの方を見て』と命令したとき、ちゃんと命令どおりの行動をブンブンはした。人名に対しては、後から学習できる機構がブンブンには備わっているのだろうかと、ティルザードは仮説をたてた。
ティルザードはぶつぶつと彼の中に次々生まれてくる考えをつぶやきながら、手元の記録用紙に書き込んでいった。その量は備考欄に書ききれないくらいほどにまでなっていた。仕方なく、ティルザードは記録用紙を裏返してなにも書かれていない白い面に、考えを書き込み出した。『人名に限って後で学習できる機能が備わっている可能性あり。要検証』ここまで書いて、ティルザードはこのことについて検証をするならば、その方法についても考えなければならないと思った。
「要するに、どの単語にブンブンが反応するのか――つまり、理解できているのかを調べているってことなのかな」
なにかを呟きながら記録用紙に書き込みを続けているティルザードを観察しながら、ジェイドが言った。
「そうだ」
ティルザードはペンを動かす手は止めずにそう返答をした。
「ひとつずつ確かめていくの?」
「そうだ」
「気が遠くなりそう。あとどれくらい調べるの?」とジェイドが言った。
ティルザードはジェイドの質問を受けて、やっとペンを動かす手を止めて顔を上げた。どれくらいか。ティルザードは少し離れた場所にある、ナハティガルとボニファズに頼み込んで貸してもらった商品が入った箱を見た。ティルザードが一度にひとつ運ぶのがやっとだという大きさのそれは、あと三箱分あった。その箱ひとつの中にどれだけのものが詰まっているかをティルザードは把握し切れなかったし、三つ合わせた分がどれだけになるかは、なおさらわからなかった。
「ナハティガルたちが持っている商品はたくさんの種類があるんだ。それら全てについて試したいのだが、それが何種類あるのかはわからない」
ティルザードはジェイドの方を向くと、そう答えた。
その日の観察が終わった後、ティルザードは既に記録を残し終えた借りものをナハティガルとボニファズの元へ返しに行った。だいたい、木箱一箱分の量だった。木箱の大きさを考えると、かなりいいペースで記録を残せていそうだ。ティルザードは密かに自身の心の中で喜びの声をあげた。
「実験の成果は?」
木箱を抱え込むようにしながら運んできたティルザードを見て、ナハティガルは尋ねた。
「まずまずだ」
ティルザードは運んできた木箱をゆっくりと地面に下ろし終えると、そう言った。ナハティガルは、目の前に下ろされた木箱の中身を確認し出す。作業をすすめる彼の手には、ティルザードに貸した商品のリストがあった。彼は、木箱の中にあるものとリストにあるものをひとつずつ見比べていきながら、返されたものがなにであるかを見ていった。
「なあ」
ナハティガルの確認作業を手伝っていたボニファズはあるとき、辺りを見回しながら立ち上がるとティルザードに対して呼びかけた。辺りには、ナハティガルとボニファズ、それとティルザード以外には誰もいない。
「ブンブンの観察中はジェイドのそばにいるんだろう。彼女のことを気にかけておくんだぞ。例えば、なにか困っていそうではないかとか」
「特に意識しなくても目に入るさ。私がブンブンになにか良からぬことをしないか常に見張られているんだから――今のところ、ジェイドにそのような様子は見受けられないよ。でもいったいなぜ、そんなことを言うんだ?」
ティルザードは重いものを運んだことで痛めた手のひらを労るように、こすり合わせながら言った。
「ここについた翌日、思い出したんだ」
ボニファズはおそるおそるといった風に話し出した。
「前回俺たちがティルザードさんに『サイリュス』と『風車アスター』と『蒲公英』を貸したとき――つまり、ティルザードさんの砂漠調査が終わった後のことだ。アアル村に帰ってきたとき、ジェイドは自分が今後どうするかについて言っていただろう。そのとき、たしか彼女は『タニットという部落に行く』と言っていたんだ。言っていたとおりに彼女が行動しているのならば、彼女がここにきたのは今回が初めてではないはずなんだ」
「じゃあなぜ、私たちへこの露営地にきたことがある旨を言わないのだろうか」
ティルザードは尋ねた。誰もが思いつくような、もっともな疑問だ。
「言えないか言いたくないかのどちらかなんだろうな」
商品の確認を続けながら、ナハティガルが言った。
ナハティガルの言ったことに対しうなずきつつ、ボニファズは続けて言った。「タンジさんの話によると、この露営地はある一時に突然放棄されたらしいんだ。俺たちがこれまでに経験したことをふまえると、疫病が蔓延しただとか何者かに襲われただとかなんらかの『災難』に巻き込まれたせいで、タニット族は露営地を放棄せざるを得なかったと思うんだ。そう考えると、彼女が露営地にきたことがある旨を言わないことがよりあやしく思えてこないか」
「つまり、君はジェイドがその『災難』だと言いたいんだろうか」
ティルザードは曖昧なことを言うボニファズに対し、はっきりと言った。ジェイドが『災難』を起こしたから、タニット族はこの露営地を放棄した可能性についてだ。
ボニファズは首を振った。「あくまで可能性の話だ。タニット族を襲った『災難』について知っているけれども言えないだけかもしれないし、そもそもここにきたのは今回が初めてであるかもしれない」
可能性があるから、ボニファズはティルザードにジェイドを気にかけておくよう言ったのだろう。ジェイドが『災難』について知っているけれども詳細を話せない場合なんて本当にあるのだろうか、とティルザードは考え出した。そして、しばらくの間考え続けたが、ティルザードには彼女が『災難』について知っていても言えないわけについてなにも思いつかなかった。