Peoneyboy

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予言の後、炉火の消える前に

4

 ブノワ殺害の現場を目撃していたことをアトーズたちに気づかれたフレミネは、アトーズとルージュに左右を固められながら貸別荘に連れていかれた。逃げ出そうと思えば逃げ出せる状況ではあったが、フレミネにはその選択ができなかった。貸別荘にはフレミネたちが探していた人物であるタルタリヤがいたし、さらにはリネとリネットも二階のあてがわれた部屋に残したままだったからだ。この絶望的な状況をどのように打破すればよいのだろうか――フレミネは頭の中で必死に解決策を考えようとする。しかし、いくら考えども案はなにも浮かんでこなかった。
 貸別荘に戻るとアトーズはロッキーに事情を軽く説明し(帰ってきた二人の間にフレミネがいることに彼はとても驚いた表情をみせた)、「彼を地下室へ連れていくよ」と言った。そして、アトーズはフレミネが入ったことのない部屋へフレミネを連れていくと、部屋の隅にあった下層へ繋がる階段を下りていった。階段は薄暗くて奥がどうなっているのか、深さがどれくらいであるか全く見通しが立たない。正直いって、フレミネは階段の様子をひと目見て下りていきたくないと思ったが、ここでアトーズとルージュに反抗するような行動を起こすわけにもいかず、しぶしぶアトーズの後をついて階段を下りていった。
 三人分の階段を下る足音が響く。音からいって、階段の素材は石だ。壁に手をついたときのひんやりとした硬い感触からいって、壁の素材も石だろう。おそらく、この先にあるのは食料を保管するための貯蔵庫だ、とフレミネは階段を下りながら予想した。ここのように、近くに店がない郊外にある家にはよく備わっているものであるから、そう不思議なことではない。しかし、アトーズたちが本当に本来の使用目的通りに貯蔵庫を利用しているかどうかは不明だった。考えたくもない、おぞましいことに利用していたのかもしれない。なにしろ、地下にある貯蔵庫というのは周りへ音が響きにくく、隠し事には便利な場所であるのだ。
 階段を最後まで下りると、アトーズは後ろを振り返った。
「ルージュ、明かりはあるかい」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
 フレミネの後ろから階段を下りてきていたルージュは、なにかを操作しているかのようなごそごそとした音をたてた後、辺りを明かりで照らした。地下室の様子がよくわかるようになる。
 部屋の広さはそこまで大きくはない。フォンテーヌ廷で単身者が借りるアパートメントくらいの広さだろうか。壁際には、おそらく食料を収納するためだろう棚が並んでいたが全く使われておらず、なにも置かれていないままだった。そして、部屋の中央には椅子が一脚置かれている。年季の入っているもので、壁際にある棚と同じ素材でできていそうだ。その椅子は部屋の中央に一脚という、不自然な置かれ方をしているためか、地下室の中でひときわ目立っている。それこそ、不気味に感じるほどだった。
「さて、話をしようか」アトーズはフレミネ顔を見ながら、部屋の中央にある椅子を手で指し示した。「どうぞ。遠慮なく、そちらに座ってくれ」
 フレミネは戸惑いつつも、ゆっくりと椅子まで歩いていった。椅子はつい最近まで使われていたのか、はたまた頻繁に手入れをしているのか、ほこりひとつ被っておらず綺麗だ。フレミネは椅子に腰かけると、アトーズとその背後にいるルージュのことを見上げた。
「さて、まずは君の所属を教えてもらおうか。いったい、君は誰の命令でここに来たんだい」
 アトーズは感情の読み取れない顔でフレミネに向かって問いかけた。
「答える前に言っておくことがある。ぼくは、あなたたちがアヤックスと呼んでいる人物を探しているうちにここへ辿りついた。目的はあくまで『アヤックスを発見すること』で、そのことを念頭においてほしい」
 アトーズはうなずいた。「一旦そういうことにしておこう」
 フレミネはアトーズの返答を聞くと、続けて話した。「ぼくはブーフ・ド・エテの館と呼ばれる、フォンテーヌ廷にある、孤児院に住んでいる孤児だ。そこの管理をしているのはファデュイ執行官第四位の『召使』と呼ばれる人物で、その人からの命令でアヤックスを探していた」
「ひょっとして、その『召使』という人が君たちの言っていた『お父様』なのかな」
 アトーズの後ろ側にある壁にもたれていたルージュが尋ねた。
「はい」
「つまり君は」ルージュはもたれていた壁から身を起こすと、フレミネの方へゆっくり歩いていき、一メートルくらいの位置で立ち止まった。「僕たちがしたことを目撃したのはだと言いたいのかな」
 フレミネはうなずいた。ルージュはフレミネの顔をじっと見つめていたが、しばらく経ってから大きく息を吐き、アトーズのことを見た。
「どうやら、嘘は言っていないようだ」
「困ったな。一番厄介なパターンだ。始末はできないし、かといってなにも対策を打たずに解放するわけにもいかない」アトーズは腕を組み、なにかを考え込むような姿勢をみせた。「要するに、彼がここで見たことを言いたくなくなるようにしないといけない」
『彼ら』――フレミネはその単語を複数回自身の頭で繰り返した。複数形ということは、含まれているのはフレミネだけではなさそうだ。慌てたようにフレミネは言った。
「ちょっと待って。リネとリネットは関係ない。目撃者はぼくだけで、二人はなにも知らないんだ」
「今はね」
 アトーズはそう言うと、地下へ下りるのに使った階段を見た。フレミネもアトーズの視線に合わせて、階段の方に視線をやる。地下にいた三人が黙ったことで、辺りの物音がやけにはっきりと聞き取れるようになる。フレミネが聞き取ったのは外を吹く強い風の音と、それに微かに混じる石造りの階段を下りる靴音だった。それも、二人分だ。
「さて、君には今、二つの選択肢がある。君と一緒に来た二人にはなにも言わないで予定通りアヤックスを連れてここを去ってもらうか、全てを話して全員でここに残るか。どっちにする?」
 アトーズがフレミネのことを見下ろしながら問いかける。
「もちろん、後者だ」
 返事があったのはアトーズの背後からだった。もちろん、アトーズの正面にいるフレミネが発したものではない。アトーズは後ろを振り返り、つられるようにしてフレミネも声がした方を見た。階段付近に二人分の人影が見える。
「リネ、リネット」とフレミネは予想していた通りの、二人の乱入者の名を口にした。
「良かった、怪我はなさそうだ」リネはフレミネの方を見ると、安堵したような表情を顔に浮かべた。そして、アトーズの方を見ると続けて言った。「それで、まずはなにが起きているか詳しく説明してほしいな。フレミネとあなたたちは、なぜこんなところにいるんだい」
 アトーズは腕を組むと、もったいぶるかのように言った。「本当にいいんだね? 僕たちのやったことを知ったからにはそれ相応のことをしてもらう必要がある。覚悟はできているんだろうね」
「もちろん。僕たちは三人小隊で、隊長は僕だ。隊員の責任は隊長がとるべきだろう。覚悟なんてもの、この三人で組み始めた時点からできているよ」とリネが答える。
「私もここに残って話を聞く。ひとりだけ置いていかれるのは嫌だから。それに、隊長だけに責任をとらせるわけにはいかないもの」とリネに続けて、リネットも答えた。
 アトーズは大きくため息をついた。気持ちを落ち着かせようとするかのように、ゆっくりと貯蔵庫の中を円を描くようにして歩き出す。
「君たちの仲間意識というのは、まるで僕らのようだ。強固で、多少のことではびくともしない。わかった。ここに彼――フレミネがいる経緯を話そう。彼は、我々が計画を実行した現場を目撃してしまったのだ。その計画というのは我々の中で議論した結果、そうするしかないと結論づけて実行を決定したものだった。けれども、世間一般にはだとされていることをするものでもあった」
「それって?」なかなかはっきりと言わないアトーズに対し、リネが尋ねた。
「簡単に言ってしまえば、とある人物の殺害だ」ルージュが横から言った。「本当に、簡単に言えばね。弁明をしたいわけじゃないけど、今回の件はこういった単純な言葉で表せるようなものではない。もっとずっと深くて複雑なものなんだ」
「なるほど。あなたたちが人を殺めた現場をフレミネは目撃した。たしかに、フレミネが警察隊に自分の目撃したことを話す可能性があるし、あなたたちの行動には納得できる。それで、いったい誰を殺したというのだろう?」
「悪人だ」ルージュはどこか冷たさを感じるような声音で言った。「そいつは僕たちの仲間の養父だったが、残念ながら養女である僕たちの仲間のことを、自分が金を得るための道具としてしか見ていなかった。だから、僕たちの仲間はそいつによって自分よりもはるかに歳上の金持ちの老人と無理やり結婚させられたんだ。金のためにね。実際、老人が亡くなった後、その老人が持っていた財産の大半をそいつは配偶者の養父として得ることができたんだ」
「待って。あなたたちの仲間がそのお金持ちの老人の配偶者だったんでしょう。普通は配偶者に遺産が渡るはずで、配偶者の親に遺産がいくことはないはずよ」とリネットが指摘した。
「ああ、そうだ。だから、あいつは卑怯な手段を使ってうまくやったんだ。もちろん、死んだ旦那の遺産を最初に受け取ったのは僕たちの仲間だった。フォンテーヌ廷の一等地にある屋敷や、大量のモラ、貴重な美術品などをたくさんだ。だが、彼女がそれらを自由に使える期間はそう長くなかった。屋敷については、すぐに彼女があいつによって他の男性と結婚させられ、それを理由に一番目の夫から受け継いだ家を追い出されたことにより失った。美術品も、ほとんどが屋敷で保管されていたから、屋敷と一緒に持っていかれてしまった。彼女に残ったのはモラだけだったが、それも数年経たないうちにそのほとんどを失うことになってしまう――二番目の旦那のせいでね。二回目に結婚させられた男というのが、酷いやつだったんだ。酒癖が悪く、よく暴力をふるったし、金遣いも荒かった。それで、一番目の夫から受け継いだ遺産も、数年経った頃にはほとんどなくなってしまったんだ」
 ルージュはそこでひと息つくと、部屋の中をゆっくり移動するアトーズの方を見た。アトーズはルージュの視線が自身に向かっていることを見ると、その場に立ち止まり続きを引き継いで話し出した。
「そんな中、ある日悲劇が起こってしまう。あるとき、彼女は夫からの暴力に対し強く抵抗したんだ。それは珍しいことだった。長年にも渡る暴力は彼女から反抗心というものを極限までそぎ落としていたから、反発することはもうなくなっていたんだ。そのときは、ほんのわずかに残っていた反抗心が彼女を動かしたようだった。しかし、その反抗は彼女にとって思いもしない結末を生んだ。夫ともみ合ううちに夫を殺してしまったんだ」
 アトーズはそこまで言うと口をつぐんだ。アトーズが話すのをやめても、誰も一言も発さず、微動だにしなかった。異様なほどの静けさが地下に横たわる。アトーズはその静けさには気にもしていないようで、その場にいる人の顔をぐるりと一周見た後、何事もなかったかのように先ほどまでの調子で話を続けた。
「彼女は裁判にかけられた。彼女に友人はいなかったし、彼女が殺めてしまった夫というのは外面が良かったから、妻に暴力をふるっていたことを知るものはほとんどいなかった。ただひとりを除いてね」
「彼女の養父は知っていたんだね」とリネが言った。
 アトーズはうなずいた。「そうだ。彼女は養父へ、自身の裁判に出廷して暴力を受けていたことを証言をするよう頼んだのだが、養父は出廷を拒否した。なにも知らないと言ってね。彼女は絶望しただろう。なにせ、彼女が殺めてしまった夫というのは、彼女自身が結婚したくてしたのではなく、養父に言われてしたものだからだ。あいつは、彼女のことを見捨てたのだ。彼女のおかげでいい暮らしができているというのにね」
「その、あなたたちの仲間の養父だったという人をなんらかの罪で裁判にかけることはできなかったのかな」とフレミネは言った。
「世の中には法によって裁けない悪というのがあるのだ」ルージュが答える。「そして、その一般的な方法では裁けない悪に対抗しようというのが我々――『レインボーローズの理想』だ」
 リネは納得したかのようにうなずいた。「なるほど、状況はよくわかったよ。そういう事情があるのならば、あなたたちのしたことは誰にも言わない。約束するよ。あなたたちの守りたいものには僕も少し共感できるんだ。フレミネとリネットも僕と同じ意見だろう?」
 二人もうなずき返す。しかし、肝心のアトーズとルージュは渋い顔のままだった。
「君たちの言葉はもちろん信用したい。だが、僕たち以外にも仲間がいるし、そう簡単に全て信用するわけにはいかないんだ」とルージュが言った。
「では、どうすれば?」とリネがおずおずと尋ねた。
「僕にいい案がある」アトーズが自信ありげな様子でそう言った。地下にいた全員がいっせいにアトーズの方を注目する。「君たちには隠蔽工作を手伝ってもらう。そうすれば真実を話しにくくなるだろう」

 子供たちはアトーズたちの指示に従ってそれぞれ作業を開始した。アトーズたちは仲間の養父であった男――ブノワの殺害計画について事前によく練っており、もちろんどのようにしてブノワが亡くなったと見せかけるのか、というストーリーも既に考えてあった。
 ストーリーはこうだ。ブノワは休暇を田舎で過ごすため、この辺りにある貸別荘のうちのひとつを一週間借りていた(実際、アトーズたちが使用している貸別荘の他にももう一棟、ブノワの名前で借用手続きをしてあった)。ある日、ブノワはこの付近の山を登ろうとするが、その道中で足を踏み外し、高所から落下してしまう。落下の衝撃により、ブノワは命を落とす。こんな感じだ。
 このストーリーを聞いたとき、フレミネはアトーズたちの用意周到さに身震いした。なぜなら、崖から落ちた際のブノワの履いていた靴が、登山に適した底が厚く足首まで覆うもので、街に住む人が日常で履くものではなかったことを思い出したからだ。先に考えたストーリーから矛盾が起きないよう、予めブノワに登山用の靴を履かせていたのだろう。ここまで計画的に行動できるのは、プロだ。プロではなかったとしても、それに限りなく近い。要するに、アトーズたちが所属するという『レインボーローズの理想』とは、フレミネが所属するところのように、時として手段を選ばずに事を実行するという側面を持っているらしかった。
 フレミネはアトーズたちが予め用意しておいた、ブノワが(ストーリー上では)使っていたバックパックを崖の上のちょうどいい場所に置くと、アトーズたちに抱いた恐ろしさを思い返してため息をついた。近くで地面をしらみ潰しに見ていたリネが顔を上げ、フレミネの方を見た。
「どうしたんだい、フレミネ?」
「いや、ちょっと思い出してしまったんだ」と言いながら、フレミネは崖の下へ視線をやった。
「なるほど。でも、手を止めるのはやめた方がいい」リネは目だけを動かして右後ろを見た。作業中のアトーズとルージュがいる。「あの人たちが僕たちのことを見張っている。それに、こんな作業すぐに終わらせて、早く家に帰りたいだろう」
「それは同感だよ。あとの作業はなにが残っている?」
「あとはその崖の先まで地面を見れば終わりだ。靴跡や、髪の毛といった不自然な痕跡を残さないように消すこと――まさかお父様以外にこのようなことを言われるとはね」リネはそう言うと立ち上がった。「フレミネは崖側から地面を見ていってくれないかな。僕は引き続きこっちの方から確認していくから」
「うん、わかった」
 フレミネはそううなずくと、後ろを振り向いた。その際、視界の端でなにかを見たような気がすると、強烈な違和感を感じ取った。なんだろう、と違和感のあった方をフレミネは見た。
「しゃがんで、フレミネ」
 フレミネが見ようとしていた方向を既に見ていたリネが、慌てたように言った。そう言いながらリネもその場へ素早くしゃがみこむ。
 フレミネはリネの言葉に従ってしゃがんだ。先ほどまでフレミネのいた貸別荘が一瞬だけ目に入る。ドアの付近に青い服を着た人のようなものが見え、違和感の正体はこれかとフレミネは思った。そして、あんな背格好の者はレインボーローズの理想のメンバーにいただろうかという疑問が今度は生まれてくる。身長からいって確実にリネットではないし、ロッキーでも、フレミネが目撃した他の『レインボーローズの理想』のメンバーでもない。
「あれは」とフレミネが口から言葉をこぼした。
「警察隊だ」リネは静かに言った。「これは、まずいんじゃないかな」


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