Peoneyboy

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露営地にて

2

 ジェイドとの再会は思いがけないものだった。
 こんなとき、どんな反応をするべきなのだろうか。友人といえるほどではないが、共に困難をくぐり抜けた仲ではある歳下の少女に。ジェイド以外にそのような関係性の知り合いがいないティルザードにはわからなかった。
「首領、こっちも制圧完了だ」
 ティルザードが考えごとをしていると、彼らに対して声をかける者があった。ティルザードは振り返る。そこにいたのは、彼が今回雇っていた傭兵と同じような装備に身を包んだ男だった。彼も傭兵なのだろうか、とティルザードは思った。少なくとも、戦闘になった際には頼りになりそうな雰囲気のある人物であった。
「わかった。負傷者の救出にうつって」
 ジェイドが声をかけてきた男に対しそう言った。
「もうドクターと墓守が始めている」
「そうなのね。あたしも彼を連れてそちらに行くよ。先に行っていて」とジェイドがティルザードの方を示しながら言った。
 男はジェイドの指示に対しうなずくと、その場を去っていった。ジェイドと男の関係は、まるで学生とそれを指導する教員のようだった。ジェイドが指導教員側で、男の方が学生側だ。ティルザードとジェイドの関係性も第三者から見れば奇妙であるが、去っていった男とジェイドの関係性の方がより奇妙である。年齢差もあるし、明らかに歳下であるジェイドの方の立場が上というような雰囲気だったからだ。
 ジェイドと男が会話をしている間、ティルザードは彼女たちについて不思議に思いつつも黙って様子をうかがっていた。男の姿が見えなくなると、ティルザードはジェイドと男の関係について聞こうとした。しかし、ティルザードが疑問を口にするより前にジェイドの方から話をし出した。
「彼は傭兵団の仲間なの」
「傭兵団?」
 ティルザードは疑問に思って尋ねた。もちろん『傭兵団』という言葉の意味はティルザードも知っている。けれども、ティルザードにはジェイドと傭兵団の繋がりが少しも見えてこなかった。
「そう。あたしが作ったの」
 ティルザードの疑問に対し、ジェイドは答えた。。ティルザードは自身の頭の中でその一文を何度か復唱した。正直にいって、彼女が傭兵団を作ったことに対してティルザードは驚いていた。以前に会ったときは、彼女がそのようなことをする人物だとティルザードは思っていなかったのだ。父親と共に傭兵をやっていたので、成り行きで彼女の父親――ジェブライラの方がリーダーの立ち位置に納まっていた可能性もあるが(加えて、様々な経験が豊富にある冒険者の旅人もいたのだ)。しかし、彼女が傭兵団の設立者であるというならば、先ほどの男と彼女の関係性にも納得がいく。ティルザードが次に口にしたのは「なるほど」という言葉だった。驚きよりも納得の方が勝ったのだ。
「なるほど。先ほど首領と呼ばれていたのはそういうことだったのか。君をリーダーとした傭兵団なんだね」
「そうだね」ジェイドはティルザードの言葉に対してうなずいた。そしてそのまま、ティルザードの方を見ながら、彼に向かって問いかけた。「歩けそう? ティルザードさん」
 ティルザードはその場で足を動かしたり、腕や首をまわしてみたりした。襲撃者によって押さえつけられていた肩のあたりは痛むが、歩くのには支障がなさそうだ。ティルザードは「なんとか」と返事をした。
「よし、それじゃあ皆がいる方へ行こう」とジェイドは言うと、仲間だという男が向かっていった方を指した。
「皆は無事なのだろうか」
 ティルザードはジェイドにも聞こえるか聞こえないかといったような音量で呟いた。
 彼が雇うことなければ、傭兵たちは命を落とすことがなかった。そう考えると、ティルザードは複雑な気持ちになった。彼のわがままではあるが、傭兵たちが犠牲となっている光景を彼は目の当たりにしたくなかった。彼には『自身が犠牲となるきっかけになったのだ』という現実を受け止めきれる自信がなかった。だから、ジェイドについていくのはとても気が重い。
「荷物が置いてあるテント付近にいたあの人のことは残念だったけれども、無事だった人もいるよ。ティルザードさんは雇い主として、雇っている傭兵の状況は確認したいんじゃないかなと思って、もう移動することをあたしは提案したんだ」とジェイドはティルザードを慰めるように言った。
「ありがとう。私が言ったことに対して、気づかってくれて嬉しいよ」
 ティルザードは先ほど彼が呟いた内容を彼女が聞きとっていたのだと思い、そう答える。
「言ったこと?」ジェイドは不思議そうに言った。「あたしはなにも聞いていないよ」
「じゃあなぜ、そのようなことを私に対して言ったのだ?」
「それは、なんとなくティルザードさんがそういったことを考えているのかなと思ったから」
「なんとなく?」
「そう。あたしたちが使っているような言語を話せないブンブンと一緒にいると、自然とそういう能力が身についてくるんだ」
「ブンブン――あの機械守衛も元気なのか?」
 ティルザードは前にジェイドたちと研究調査の旅をした際に出会った不思議な機関組立機のことを思い出しながら聞いた。ブンブンは過去の文明跡地で今なお守衛として見ることのできる、プライマル構造体と呼ばれる自立機関とおそらく同類の存在である。しかし、一般的なプライマル構造体と違ってブンブンは侵入者であるはずのティルザードやジェイドたちに友好的な態度をとっていた。あまつさえ、守るべきはずの遺跡から離れて、前回の調査の終わりにジェイドについてきたのだ。
「今は元気だよ。向こうにいるはず」
 言いながら、ジェイドは先ほど向かおうと指した方に顔を向けた。
 それを見て、ティルザードは「よし」と一言呟くと、ジェイドが顔を向けた方に向かって歩き出した。全てを失ったわけではなく、まだ生きている者もいる。それに、先ほど襲撃してきた者以外にも襲撃しようと企てている者がいる可能性を考えると、ここに一人で残るわけにもいかない。
「傭兵たちのけがの状況はどうなんだろうか」歩きながらティルザードは言った。
「生存者もほとんどが負傷をしていたから、ドクターと葬儀屋が手当をしている」
「ドクターと葬儀屋?」
 職業、肩書きといったような呼称だ。それらの単語のみで呼びあうなんて珍しいものだな、とティルザードは思った。
「そう。彼らもあたしたちの仲間なの」
 ジェイドはそう答えた。

「ドクター、そっちが終わったら彼を診てほしい。専門家の知識が必要そうだから」
 重症を負った一人の傭兵の手当てをし終えると、少女はそう言った。専門知識のない彼女ができるのはあくまで応急手当までで、それ以上のことをするならば専門家――つまり、医者ドクターの手助けが必要だった。
「わかった。他の人はどうだい?」
 ドクターと呼ばれた男は少女――葬儀屋に向かって尋ねた。
「あとは大丈夫そう。軽傷者しか残っていないから、私一人で充分」
「こっちも片付いた感じか?」
 そこへちょうど、ジェイドへ報告に行っていた男が戻ってくる。彼は仲間に対し、状況を尋ねた。
「大丈夫だ。首領は?」とドクターが聞いた。
「もうすぐ戻ってくるさ――ほら、あそこにいる」
 そう言うと、男は自身がきた方向を指さした。目をこらせば見えるくらいの距離にこちらへ向かってくる二人の人物が見える。
「生存者を連れている」葬儀屋は言った。「これで生存者は五名、死亡者は二名。彼らも不運ね」
「いや、死亡者は三名だ。向こうにもう一人いる」
 男は指さした。その先は二人の人物がいる方、つまりジェイドとティルザードがちょうどやってきている方向であった。

「彼がドクターで、彼女が葬儀屋。ブンブンは知っているよね」
 ジェイドは傭兵団の者たちと状況報告を終えると、ティルザードに仲間たちを紹介した。ブンブンは電子音を鳴らしながら一回転し、久しぶりとでも言っているかのように挨拶をした。
「先ほど私たちを呼びにきた人は?」
 ティルザードは尋ねた。あの男はティルザードたちが合流すると、葬儀屋と呼ばれた少女と少し話した後、少し離れた場所で犠牲者たちの遺体を運ぶ作業をしていた。
「彼はこの傭兵団の副首領。皆には副首領と呼ばれている」
「みんな肩書きじゃないか」ティルザードは少しあきれながら言った。「私は傭兵団の一員ではないんだ。を教えてくれないか。傭兵団ではない私が彼や彼女のことを肩書きで呼ぶわけにはいかないだろう」
「たしかにそう思うかもしれないけど、彼らにとってはこれが名前みたいなものなんだ」とジェイドが言った。
「どういうことだ?」ティルザードは首を傾げる。
「皆、名を持っていなかったり、過去の名を捨てたりしている。だから肩書きを名前として名乗っているんだ。そっちの方が、得意なことがすぐにわかっていいでしょ? 私たちの傭兵団は私を含めてはぐれ者の集まりだから、そういった事情があるの」
「君がはぐれ者?」
 以前に会ったときのジェイドは、自分のことをはぐれ者だなんて言っていなかったはずだ、とティルザードは思った。学者の母親と砂の民であるジェブライラの子どもであると知ったときも、彼女は自身の出自に関して全く気にしていなかった。ひとつ可能性があるとすれば、ジェブライラの死――つまり、彼女の父親の死だ。それが『はぐれ者』だと思ってしまうまでに彼女を変えてしまったのだろうか。以前の彼女には父親という家族がいて、ジェブライラという共に傭兵業を行う仲間がいたのだが、それがいなくなってしまったのだ。
「別に父さんが死んだから、『はぐれ者』だと思っているんじゃない」またしてもティルザードの考えを読みとったのか、ジェイドは話し出した。「砂漠に住む者にも混ざれないし、雨林地域に住む人たちの輪にもあたしは入れない。そのことを知ったから『はぐれ者』だと思うようになったの」
 苦笑いを浮かべながら言うジェイドに対し、ティルザードはそれ以上何も言えなかった。彼には、ジェイドが『はぐれ者』だと思うようになったきっかけの詳細を聞く勇気がなかった。

 葬儀屋が犠牲者たちの弔いを始める。ティルザードが文献でしか読んだことのない、砂漠地域特有の弔いの方法だった。彼は彼女が唱える弔いの言葉に耳をすまし、内容を聞きとろうと試みた。スメールシティではこの方法で葬儀を行う者はほとんどいないのだ。めったにない機会に、不謹慎ではあるがティルザードは学問としての面白さを感じていた。
 ティルザードが葬儀屋の様子に注目していると、彼の肩を叩く者があった。ティルザードが振り向くと、そこにいたのはドクターだった。
「身体の様子をみせてくれないかい? 重傷者たちの手当は終わったからね。念のため君の様子もみておくべきかと思って」と彼は言った。
 ティルザードはうなずいた。ドクターの言うとおり、重傷を負った傭兵たちは手当をされ、ティルザード一行やジェイドたちが持ってきていたものを使って作られた即席の寝台に寝かされている。重傷者たちは痛み止めが効いているのか、苦痛を感じている様子は見せておらず、穏やかな表情で眠っているのがわかる。このドクターという人物はビマリスタンの医者に負けないくらい、腕の良い医者なのだろうとティルザードは思った。
 ドクターの申し出はティルザードにとってありがたいものだった。先ほどから襲撃者に押さえつけられていた肩のあたりが痛むのだ。ドクターはティルザードの肩を軽く叩いただけなのだろうが、それでも少し痛みを感じるほどには。ティルザードがそのことを伝えると、ドクターはティルザードを空いている寝台に連れて行き、うつぶせで寝るように言った。ティルザードは彼の言うとおりにする。そして、ドクターはティルザードが着ている服の袖の部分を彼の肩から器用に抜くと、診察を開始した。
「これはなかなか痛そうだ」とドクターはティルザードの肩を見るなりそう言った。「ちょっと待っていて。こういった症状によく効く塗り薬があるんだ」
 ドクターは自身の医療鞄をあさり始めた。ティルザードはうつぶせの状態のまま、目線だけを音がする方に向けた。ドクターがあさっているのはよく使いこまれたいわゆる、ドクターズバッグと呼ばれるような形状の鞄だった。
「これだ」
 ドクターは鞄の中から瓶をひとつ持ち上げるとそう言った。
 瓶の中に入っているのは緑がかったゲル状の液体で、彼が瓶を傾けるとその液体はゆっくりと傾けた方向に動いた。彼はさらに鞄から包帯をとり出すと、ティルザードの方へ戻ってくる。寝ているティルザードのすぐ隣に立つと、ドクターは処置を開始した。
 ティルザードは肩に塗られている薬の冷たさを感じながら再度、葬儀屋の方を見た。彼女が捧げる死者への祈りはもう終わったようで、彼女は遺体の処理を始めようとしているところだった。ティルザードがそう思ったのは、彼女が必要な道具を集めていたからだ。この部分はシティにおける慣習と大差ないようで、そのため彼は見るだけで何をしようとしているのかがわかった。驚いたのはその迅速さだ。シティでは葬儀が終わるまでに数日かかるが、葬儀屋の手際を見るに埋葬まで一日を待たずして終わってしまいそうだった。ティルザードは処置をしているドクターに向かってなあ、と呼びかけた。
「彼女はもう遺体の処理を始めようとしているようだ。こんなにすぐに処理まで終わらせる必要があるのか? あんなことがあった直後だというのに」
「砂漠では普通のことだよ――包帯を巻くからちょっといいかな」そう言うと、ドクターは包帯を薬を塗った上から巻き始めた。「血の匂いで寄ってくる生き物がいたりするんだ。だから砂漠では皆、人が死ぬと一日以内に遺体を埋葬する」
「なるほど。そういった事情があるのか」
 ティルザードは学者としてこういった文化の違いは面白いと思った。もちろん、こんな状況でそんなことを言ったら不謹慎だと思われかねないので、口には出さず頭の中で考えるだけに留める。
「さあ、これで終わりだ。起き上がってもいいよ」
 ドクターの言葉に従い、ティルザードは身を起こした。塗り薬には痛み止めの成分も入っているのか、肩の痛みは全く感じない。
 ちょうどそのとき、「おーい」とどこからか呼びかける声が聞こえてきたような気がした。ティルザードは周囲を見渡した。再度、「おーい」という声が今度は一回目よりもはっきりと聞こえてくる。隣にいるドクターも呼びかけられているのには気づいているようで、辺りを見渡していた。
 先に、呼びかける人物に気がついたのはドクターの方であった。彼は声の主がいるであろう方向に向かって手を振りながら「ナハティガルとボニファズだ」と言った。
 ナハティガルとボニファズ。そのモンド風の名にはティルザードにも聞き覚えがあった。ティルザードの知り合いのナハティガルとボニファズと別人の可能性もあるが、モンドから遠く離れたスメールの、しかも砂漠という辺境にいるようなモンド人はティルザードの知り合い以外にありえないであろう。
 想像通り、そのナハティガルとボニファズはティルザードの知る者たちであった。彼らは三匹の駄獣を引き連れてドクターやティルザードがいる方までくると、「ティルザードさんじゃないか」「久しぶり」と口々に言った。
「ジェイドだけじゃなく、君たちにも再会するなんて偶然とは思えないな」とティルザードは考え込んだ。「まさか、私は騙されているわけではないだろうな。私はたしかに騙されやすいかもしれないが、今回はそういかないぞ」
 ティルザードがナハティガルとボニファズに対し疑り深いのには理由がある。以前に彼らから駄獣を借りたとき、知らずのうちに相場より高い報酬を支払っていたことがあったからだ。
「こんな手の込んだやり方で騙すわけないだろう。俺たちに何も利点がないじゃないか」
 ナハティガルは疑いの目を向けてくるティルザードに対し、そう反論した。
「そうだ。俺たちはジェイドが作った傭兵団とよく一緒に仕事をしているんだ。要するに常連ってことだ。今回も砂漠地域の集落で仕入れをするためにジェイドたちを雇ったんだ。だから、ジェイドと再会したタイミングで俺たちと再会したことは不思議でもなんでもない」
 ボニファズもナハティガルの言ったことに付け加えるように言った。
「砂漠地域に住む人の中には彼らのことを雇いたがらない人もいるみたいだけど」と言いながらナハティガルはドクターや葬儀屋、副首領やジェイドの方を順番に見た。「俺たちは気にしていないからな。なにせ俺たちはスメールで商売をするモンド人で、であると言える。そんな俺たちが、ジェイドたちがはぐれ者かどうかなんて気にするはずがないだろう? それより、ここを出発できるようになり次第、早くここを出た方がいい」
「なぜだ?」ティルザードは疑問に思って聞いた。
「もうすぐ砂塵風がやってきそうなんだ。それも数日間にわたって続きそうな大きいやつが」とナハティガルが答える。
「なぜそんなことがわかるんだ」
 ティルザードにはナハティガルの言うことが本当のことかどうか、にわかに信じられなかった。何を根拠にそのようなことを言っているのかが全くわからない。
「砂漠で何年か商売をやっていたらそのくらい身につくさ。よく天候を観察すればわかることだからね」とナハティガルは言った。
 それにボニファズが付け足す。「商人にとって天候を征することはとても重要なことなんだ。天候によって、売れる商品とそうでない商品に大きな違いが出るからね。砂漠地域以外で商売をする商人だって、天候を予測するようなことはほとんど皆がやっているはずさ」
「そうなのか」
 ティルザードは納得したようにうなずいた。スメールシティの、トレジャーストリートやグランドバザールにあるティルザードがよく行く店について彼は考えた。あそこの商人たちも天候を予測する能力を持ち合わせているのだろうか。さながら予言者のように。もし、ジェイドの傭兵団にナハティガルとボニファズが加わったら、『予言者その一』と『予言者その二』というような名前で呼ばれそうだ。
「彼らの天候予測の信ぴょう性はよく知っている。今まで何度も助けられてきたからね。首領を呼んでくるよ」
 ドクターはそう言うと、ジェイドのことを呼びに急ぎ足で去って行った。
「それで、どこで砂塵風をやり過ごすかが問題なんだが」
 ドクターを見送った後、ナハティガルはそう言うと服のポケットから折りたたまれた紙をとり出した。彼がその紙を広げる。描かれていたのは砂漠地域の地図だ。ティルザードは地図をのぞき込んだ。教令院が作成した地図とは違って、より詳細に内容が描き込まれている。例えば、ティルザードが名を聞いたことすらない、小さい集落の名前と場所も記載されているのだ。
「アアル村まで戻るのは距離的に無理そうだ。俺たちは怪我人も連れているし、そこまで早く移動できない。アアル村へたどりつく前に砂塵風の方が先に到達してしまう」
 ナハティガルは現在彼らがいるであろう位置からアアル村と書かれた部分までを指でなぞりながら言った。
「となると、他の集落でやり過ごすことになるわけだが、問題は砂漠で暮らす部族の中には極端によそ者と関わりたがらないものもたくさんあるということだ」ナハティガルはそう言いながら、一番近くにある集落を指さした。「一応、一番近くにある集落はタニット族が暮らすここだ。しかし、商人仲間の話によると、ここの部族はかなりよそ者を嫌う性質らしい。その商人仲間は何度もタニット族の長に取り引きをしないかと持ちかけたようだが、よそ者であるということと既に部族には商人がいて、ものの入手に困っているわけではないといった理由で毎回断られてしまっているらしい。けれども、現在地周辺にはここ以外に集落はないんだよな」
「それなら問題ないんじゃないか」ジェイドとブンブンを連れて戻ってきたドクターが言った。
「どういうことだ?」とナハティガルは尋ねる。
「どうやらタニット族はこの露営地を放棄してしまったらしいの」とドクターの隣でジェイドがうなずきながら言った。
「そんなことってあるのか」
 ティルザードはジェイドとドクターが言うことに関して信じられないといった様子で言った。ティルザードに置き換えた場合、住み慣れたスメールシティを放棄するかと言われたら余程の理由がなければなさそうだからだ。例えば、ティルザードがやっている研究が教令院から禁止されたが、ティルザード自身はどうしてもその研究を続けたい場合だとか。実際、学者たちがシティを戻ってくる予定を立てずに去る理由のほとんどがそういった事情からであった。ただ、ティルザードに限っていえばそのようなことは万にひとつもないだろう。彼にはそのような勇気がないのだから。これは、ティルザードの欠点でもあり、美点でもあるといえた。彼は臆病であったが、とても慎重な性格でもあるのだ。
「ティルザードさんは驚くかもしれないが、こういった話はたまに聞くよ。実際に俺たちも遭遇したことがある」とナハティガルが言った。
「そういえばそんなこともあったな」とボニファズがナハティガルの話を引き継いで詳細を話し出した。「俺たちはある日、定期的に仕入れをしているある集落を訪れたんだ。でも訪れたとき、そこはもぬけの殻で、家屋が燃やされた跡と燃え跡にいくつか遺体らしきものがあるだけだった。あれはキツかった。しばらく夢にあの光景が出てきたくらいだ。おそらく、集落を襲ったものがいたのだろう。砂漠地域の集落の多くは雨林地域の村や街に比べるととても規模が小さく、集落同士の繋がりもほとんどないんだ。だから、集落にいる者たちだけではどうにもできない自体が起こった場合、彼らは集落を放棄せざるを得なくなる。例えば、盗賊に襲われただとか、疫病が蔓延したりだとかね」
 彼らは砂漠地域でそれなりの期間商売をしているようで、ティルザードよりも砂漠地域の集落に関する知識は豊富そうだった。
「だったら、そのタニット族の露営地へ今すぐにでも向かおうじゃないか。正確には『元』タニット露営地へ。君たちの駄獣を使えば、怪我人だって運べる」とティルザードが言った。
「その、駄獣に人を乗せないとだめか?」
 おそるおそるといった雰囲気でボニファズが聞いた。
「もちろん、だめだ。駄獣には人を乗せて行く」ナハティガルがきっぱりと言った。「大人を俺たちただの商人が背負って長時間歩けるわけがないだろう。駄獣ってのは荷物や人を運搬するためにいるんだ。俺たちだって、そのつもりで金を借りてまで駄獣を買ったんだ。ペットにするためじゃない」
 ナハティガルにそう言われてもなお、ボニファズは不服そうな顔だった。彼の駄獣を愛する気持ちは筋金入りで、一回目の砂漠での研究調査の際に駄獣を借りたときは、わざわざ様子を見るためについてきたほどだ。ナハティガルはそんなボニファズの扱いにももう慣れているようで、彼が余計なことをしないうちに急いで荷物をまとめ出した。ドクターもナハティガルの後に続く。傭兵団の仲間を集めに向かった。
 しかし、ジェイドは動かないままだった。ティルザードは疑問に思って「どうかしたのか? ジェイド」と尋ねた。ティルザードの問いかけに合わせて、ブンブンも電子音を鳴らす。まるで、体調を尋ねるかのように。
「ううん。なんでもない」ジェイドはティルザードとブンブンの問いに対し首を振った。「ちょっとぼんやりしてただけ。あたしたちも出発の準備を手伝おう。ティルザードさんもそんなに重たくないものだったら運べるよね」
「たぶん」
 ティルザードは運ぶべき荷物の量と動ける人数を見比べた。重労働をしたくはなかったが、そんなことは言っていられそうな状況ではなかった。動ける人数は十人にも満たないし、ナハティガルの話によればもうすぐにでも砂塵風がやってくるのだ。
 ティルザードはしぶしぶジェイドについて歩き出した。


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